第8話:シルブラしたり
シルヴァザを散策することを王都住民はシルブラなどと言う。
シルヴァザをぶらぶら歩くの略である。お洒落な服を身に纏った裕福な平民やお忍びの貴族らが街を歩き、商店を覗いたり茶を喫するのだ。
そう、お洒落な服を纏った、である。当然のことながら野良作業着を着たり職人用の革エプロンを引っ掛けて行くような場所ではない。
クレーザーは職人として稼ぎはある。実際エバラン村では最も裕福であるといってよい。だがその金の大半をスライム職人としての工房やらスライムの厩舎やらに注ぎ込んでいるのがスライムの申し子などとジョーに言われる理由であろう。
またウニリィだって女の子としてきれいな衣服には興味があるし、たまに村に行商人がやってきたときには、ちょっといい服や綺麗な飾り紐などを父から買ってもらうのであるが……。
「これ着てシルブラしたりとか、王都のお洒落なとこ歩いていたらどう思います?」
ウニリィはナンディオの前でくるりと回ってみせた。花柄のワンピースと、飾り紐に束ねられた橙の髪がふわりと揺れる。
「ちなみにこれが私の持ってる一番よい服ですけど」
ナンディオという立派な騎士様を前にしているのである。せめて一番上等な服を着ているのは当然であった。
「む……」
ナンディオは唸る。
ウニリィは十分にかわいい少女である。長い橙の髪は艶やかで、柔らかな緑色の瞳もぱちりと愛らしい。普通ならこんな小さな村でお目にかかることなんてできないような美少女だ。人の多い王都にいたって目を惹かれるくらいだろうし、貴族の令嬢たちと比べたって決して見劣りはすまい。
だがしかし、いや、注目を集めるような美少女だからこそ。彼女の化粧っ気のなさや、服装の野暮ったさは悪い意味で目立つだろう。
「まず、ウニリィ殿はとても可愛らしい方であると思います」
「ありがとうございます?」
その後ナンディオは、自分は女性のファッションなどには詳しくない無骨者であるし、このようなことを言うのは大変失礼であって本意ではないが、それでも一意見として……と長々と前置きをしてから口を開いた。
「その花柄のワンピースですな。品質はしっかりとした良い服であると思いますが、その、えー……」
「はっきり言ってください」
「私が子供の頃に母の世代の女性たちが着ていたような意匠のものだなと」
「ぴっ……!」
ウニリィは鳥の鳴き声のような悲鳴をあげた。
ウニリィももちろんこの服が今風ではないであろうことはわかっている。だが実際にそう言われるのは衝撃なのだ。
ナンディオが子供の頃といえば20年は前になろうか。そのころの彼の母親が着ていたとなると、若者の衣装としては30年以上前の流行のデザインと言えるかもしれない。
要はババくさい。一言にまとめればそういうことになる。
「ぎょ、行商人のおじさんは、花柄は女の子にとっていつの時代も定番だって……」
それはそうだ。花柄の服がダメな時代なんてないだろう。商人は嘘はついていないのだ。ただ、その花柄にも流行はあるということを言っていないだけで。
ウニリィが着ている服には大きな花が描かれているが、今シーズンの貴族の令嬢たちでの流行は東方のサクラなる木の、淡いピンクの小さな花びらを散らしたデザインである。
「それに、その花コスモスですよね。秋の花で今の季節ともずれていますし……」
「ぴえっ!」
「あと、服の肩周りとか腰回りの作りが今風ではないというか……」
「ぴえぇっ!」
つまりウニリィは行商人に不良在庫であった古い服をつかまされたのだなとナンディオは思う。
だが、服とは本来高価なものなのである。それこそシルブラなどするような裕福な商家の者などを除けば、平民が新品の流行りの服などを買うことはありえない。
古着をほつれたり破けても直して着ていくのが平民の服である。そういう意味では型落ちしているとはいえ、おしゃれな服をウニリィに着せられるだけの稼ぎをクレーザーがしているともいえるのだ。
それを着て流行の中心にいくのがまずいというだけで。
「うぎゅぅぅぅ……」
ウニリィは机に突っ伏して奇声をあげる生き物と化した。
「シルヴァザ行く前にまず服を買いましょうか」
「ん?」
結局、シルヴァザで服を買いに行くための服を、エバラン村から最も近い繁華街のある町、スナリヴァまで買いに行くことになったのである。
スナリヴァは王都から最も近い宿場町としてそこそこ栄えているのだった。王都から近いゆえに今の王都風の服も扱っている。
「うう、色々と申し訳ありません」
ウニリィもクレーザーも恐縮した。それらへの金は全てナンディオが支払うと言ったためである。
「お気になさらず。授爵も謁見もこちら側の都合を押し付けているに過ぎませんからな」
というわけで、まずは宿場町でそこそこの服を買ってから、ウニリィたちは王都へと向かったのであった。
ξ˚⊿˚)ξシルヴァザでブラジルコーヒーを飲むことの略という説もあるが誤りである。