第77話:いや、笑ってるんで。
「なんだこりゃ……」
宿舎の中のスライムたちを起こして外に出てきたクレーザーは唖然とした。
もーもー、めー。
「なんスか?」
「さあ……」
マサクィとセーヴンたちも困惑した。
ひひーん、こーこっここけー。
カカオ家の周りが動物、エバラン村の各家庭で飼育している家畜たちに取り囲まれているからである。それもあらゆる種類の家畜たちだ。
「クレーザーさんどうもー」
「あらー、おはようございますー」
家畜がいるということは飼い主もいるということである。
村の住民たちがクレーザーに挨拶し、彼はなんだか分からないが頭を下げた。
「まーまー、クレーザーさんとこのスライムちゃんすごいのねー」
「え、ええ。どうも」
村の奥様が何やらスライムを褒め称えた。
ふるふるふるふる。
起こされたスライムたちがクレーザーの足元で自慢げに揺れる。
揺れているのは起こした赤青緑であり、褒められているのは黄色ではなかろうかと思わなくもないが、それについては何も言わず、こう尋ねた。
「草ですか」
「ええ、そーよー!」
こけー!
奥様の足元のニワトリが興奮したように翼を広げる。ニワトリすらもスライムたちが凄いと言っているかのようだ。
クレーザーたちは村人たちや動物たちの間を縫うようにして牧草地の側に向かえば、牧草地の中にマグニヴェラーレとウニリィの姿が見えた。
中にいるのが見えるということは、そこまでの草がなくなっているということである。
マグニヴェラーレは彼の背丈よりも高い牧草を両手で抱きかかえるようにして魔術を行使する。
「〈風斬〉」
彼がそう唱えると、つむじ風のように彼の姿がぼやけて彼の足元の草が切り裂かれる。
彼の靴が隠れるほどの長さを残して刈り取られた牧草は、隣に座っているウニリィに。
「はい」
「はい」
ウニリィは受け取ったそれを地面に置く。
「よろしくねー」
ふよふよ。
ウニリィの横には黄色のスライムたちが整列していて、草を載せられたスライムは頭上に草を載せたまま牧草地の外へと移動する。
ウニリィがそう使役しているのだろう。
ふよふよ。
「はいどーも」
スライムたちは牧草地の入り口に座っている、ウニリィの友人であるシーアのところに草を運ぶ。
彼女はそれを受け取ると、村の若い男に手渡す。
「はい」
「よっしゃぁ」
若い男たちは車座になって鉈を手に、牧草をざくざくと刻む。なるほど、葉っぱが長すぎては動物たちも食いずらかろう。
「こっちできてまーす」
「はいよー」
刻まれた草に村の奥様がざくりとフォークやスコップを突き刺して持ち上げ、動物たちの前に。
こけー!
もー!
カカオ家の前で、見事な流れ作業が形成されていた。
「なんだこりゃ……」
クレーザーは再び呟いた。
それから一時間くらいもこの騒ぎは続き、ようやく動物たちも満足したのか帰って行った。
クレーザーはウニリィに尋ねる。
「なんだ、黄色いスライムは植物を成長させるのか」
「そうみたい」
ふるふる。
「しかも、すっごいおいしくなるみたいよ」
「……動物たちにはな」
牧草であるから、人間が食べられるわけではない。
話を横でききながら、ふむ……とマグニヴェラーレは考える。これが農業に使えるとなると革命的な……そういえば前も何かそのようなことを考えた気がするな。
どうにもウニリィとそのスライムたちは刺激的すぎ、想像を超えてくるのが困ったものだと。
「マグニヴェラーレさん楽しいんスか」
ふとマサクィが問うた。
「うむ?」
「いや、笑ってるんで」
マグニヴェラーレは頬に手を当てる。頬は笑みの形に歪んでいた。
なるほど、この問題児たちに振り回されるのを自分は楽しんでいるらしい。
「ここは面白いな」
「……っスね!」
マグニヴェラーレの言葉にマサクィは力強く頷く。
「楽しいのは間違いないですが、片付けは終わってませんよ」
人数分の鎌を持ってきたセーヴンがそう言う。
「うへぇ……」
マサクィがため息をつく。牧草地の草はまだ半分も刈り取られていないのだった。結局その日は大半を草刈りに費やすことになった。
そして翌日である。
今日は特にトラブルもなく朝のスライム起こしから餌やりの仕事を終え、皆で朝食をとっていた時だった。
扉が激しくノックされて、ウニリィが返事をしようとする前に、扉がばーんと開かれる。
田舎は家の玄関の鍵なんてろくにかけないのであった。
「ウニちん!」
シーアである。
「シーアちん、おはよー」
シーアは家の中にマグニヴェラーレやサディアーがいて、しかもまだ食事中であったことから、自分の非礼に気付き慌てて謝罪しようとするが、ウニリィはそれをとどめた。
「はい、シーアちんよしよし、大丈夫だから落ち着いてー」
「え、ええ。朝からごめんね」
「いいよー。なーに、今日も草?」
また今日も草を食わせろと動物たちが騒いでいるのだろうか。
昨日刈った残りの牧草は村の共用の倉庫に詰めてあって、そちらで配られるはずだからここに来てもないのであるが。
「そうじゃなくて、みてよ!」
彼女は手にしていた円筒形の容器を持ち上げてウニリィに見せる。それは酪農家が牛乳を輸送するのに使う、大きな缶であった。
ウニリィは答える。
「うん、牛乳だね」






