第73話:でも、あなたたちは偉いわ。
黄色いスライムが震える。
ふよふよふよ。
「えー……」
ウニリィは不満げな声をあげた。
次いで赤いスライムが揺れる。
ふるふるふる。
「うーん……」
ウニリィは悩ましげな声をあげた。
「どうしました?」
マグニヴェラーレが尋ね、ウニリィは彼の顔を見上げた。すると、ふっと、マグニヴェラーレが笑い、彼女の額に手を伸ばした。
「あまり悩みませんよう。眉間にシワが寄ってしまっているよ」
「う、うわぁ……!」
ウニリィは、ばっと額を両手で隠した。手の隙間から見える頬が赤い。
「ううう……」
ふるふる。
大丈夫? とスライムたちは近づいてくるが、別に体調不良なわけではないのだ。ウニリィは気合いを入れるように頬を軽く叩くと、大丈夫。と呟いてマグニヴェラーレに向き直った。
「それで、彼らは何と?」
「えっとー……、スライムたちがですね、羨ましがってて」
「羨ましがる?」
ウニリィは牧草地に転がっている青いのと緑色のをじっと見つめた。
彼らは我関せずと、ふよふよ転がっていた。
「青いのを私が王都に連れていったじゃないですか」
「ええ、ウォーター・エレメント・スライムですね」
「スライムたちの中では、あれは活躍したと言うふうに捉えるらしくて……」
「ふむ」
活躍か……とマグニヴェラーレは思う。ウニリィが捕まる原因になったり、酒を飲んで分裂して問題を起こしたというのは人間の観点ではそうだろう。
ここのスライムたちは随分と賢いように思うが、それでもさすがに人間社会の法や規則を理解しているわけではない。そう考えれば、主人であるウニリィの求めに応じて体を小さくしてついて行ったり、脱獄を手伝っているのだ。確かに活躍であったのだろう。
ウニリィは続ける。
「それで昨日は緑色のが空を飛んでいたので、僕たちも何か活躍したいと言い出しているんです」
ウィンド・エレメント・スライムがマサクィを乗せて気球のように飛んでいた件である。
良くしっかりとテイムされた魔獣の性質として、主人のために働きたいというものがある。それに加えてここのスライムたちは自己の能力を発揮したいという欲求があるようだとマグニヴェラーレは判断した。
このあたりがカカオ家のスライムの特異なところであり、かなりはっきりとした自我があるなという印象である。
「なるほど。それで、どう対応されるつもりです?」
「うーん、我慢してもらうべきなんですけど……」
そう言ったところで、スライムたちがへにょり、とひらぺったくなった。残念なのか不満を表しているのだとマグニヴェラーレにも分かる。
「でも、あまりスライムたちの不満を溜めるのは良くないので」
ふよ。
スライムたちが身を起こす。
「何かはさせてあげたいなと」
「良いのではないですか? 私も魔術師です。私がいるうちの方が、何か問題があっても対応しやすいでしょう」
マグニヴェラーレはそう言った。
例えば昨日のように空を飛ぶとき、マグニヴェラーレがいれば万が一の落下事故に備えることができるのだ。彼は魔術で空を飛べるのだから。
またこれは彼にとっても価値ある話である。ここのスライムの能力をできるだけ見ておきたいというのは、後援者として当然の考えであり、もちろん、彼の研究者的な興味もあった。
「そう……ですね。ご迷惑をおかけするかもしれませんが」
「お気になさらず」
スライムたちは身を乗り出すように、体をみょーんと伸ばしてウニリィたちの話を聞いている。
ウニリィはしゃがみこんだ。そして彼らを撫でながら言う。
「じゃあ、何か活躍できるよう考えておくわね。お父さんとも相談するから待ってるのよ」
ふるふるふる!
ウニリィがそう告げると、彼らは激しく揺れて喜びを示す。
「でも、あなたたちは偉いわ」
うにょん。
ウニリィのその言葉に、スライムたちは震えるのをとめて、えらい? えらい? と体を捻った。
「だって、ちゃんと私に相談したのだもの。勝手になにかやっちゃわなかったのは、とってもすごいことよ」
ふるふるふるふるふる!
スライムたちは再び激しく身を揺らした。誉められてとても喜んでいる様子だ。
ウニリィは立ち上がって手を振った。
「じゃあ、後でまたくるからね! 大人しくしてるのよ!」
ふるり。
はーい、とスライムたちは答えたようである。
からになった鍋を抱えたウニリィとマグニヴェラーレは並んでカカオ家に戻る。
マグニヴェラーレは笑みを浮かべる。
「スライムたちに言い聞かせるのがお上手なものですね」
「子供だましみたいなものでしょう?」
「それで彼らが言うことを聞いているのだから、立派なものですよ」
「そう……かな? どのみち、お父さんには相談しないと」
またお父さんもびっくりしちゃうかなぁ。とウニリィはおもうのだった。






