第7話:なるほど、セバスチャン!
ジョーが救出したという令嬢、その名をキーシュ公爵家のアレクサンドラという。キーシュ公爵家はこの国、イエッドニア王国は初代王ファミリアスの三男、つまり二代王の実弟をその祖とし、王位継承権も有する名家中の名家である。
そのキーシュ公爵の末の娘、アレクサンドラ姫が戦火を逃れるために避難していた公爵家の別荘において、敵国の軍の諜報や潜入を得手とする特殊部隊に捕らえられたのだ。
むろん、それは民には、あるいは軍の末端の兵や下位の貴族たちには秘されていた。だからクレーザーやウニリィだってもちろん知らなかったが、王族や軍の高官たち、貴族達にとってはまさに衝撃の出来事であった。
そしてその衝撃は、平民上がりの騎士ジョーが電撃的に敵城を落としたことによって、姫を無事救出したという報が入り歓喜に代わる。
しかしさらにその姫がジョーに一目惚れして彼に嫁ぐと宣言したことにより、驚天動地の混乱をもたらしたのである。
ともあれそのアレクサンドラ姫はジョーの父が男爵位を授爵するということが決定した時、誰よりも喜んだ人物であるといえよう。自分とジョーとの結婚に向けての準備が着実に一歩進んでいるということを意味するためである。
その報をちょうどジョーとの茶会をしていた際に耳にしたアレクサンドラ姫は、笑みを浮かべて思わず立ち上がって言った。
『まあまあ、ジョーのお父様の授爵とあらば、最高の衣装を仕立てて差し上げねば! ああ、それにジョーの妹さんとならわたくしとお揃いの衣装なんてどうかしら……ふふふ』
アレクサンドラ姫は公爵家の末の娘であり、御歳17、ウニリィよりも1歳歳上である。彼女はまだ見ぬ義理の妹という存在に浮き足立っていた。
彼女は壁際に控える、自らの執事の名を呼んだ。
『セバスチャン!』
『はっ。お嬢様の懇意になさる仕立屋を向かわせましょう』
執事は姫の意を汲んでそう答えた。
ところで公爵令嬢、王族や高位貴族の者が着るようなドレスや礼服は全てオートクチュール、つまり完全一点もののオーダーメイドである。
服1着にそれと合わせる宝石の金額を合わせれば、ゆうに屋敷の一軒くらいは建ってしまうような代物であった。
『ドリー』
アレクサンドラの向かいに座るジョーは、好物のチョコレートケーキを頬張るのをやめて、彼にのみ許されている愛称で彼女を呼び止めた。
『ドリー、気持ちはありがてえけどよ。やりすぎは良くないぜ』
彼はそう言って、着させられているシャツの襟を指で弾いた。ぱりっとした布の襟である。流行りのフリル付きのシャツを仕立てられそうになったときに、さすがに嫌だと抵抗したものだ。
ふむ、なるほど。とアレクサンドラは考える。ジョーは平民上がり故か、あまり華美なものを好まない。間違いなくその傾向は彼の父や妹にもあるだろう。
それにジョーの父に与えられるのは、今彼が有しているカカオ男爵の称号である。確かに公爵家のお抱えの仕立屋が向かえば恐縮してしまうだろうとも。
『なるほど。セバスチャン!』
『はっ。お嬢様の名において、シルヴァザのスリーコッシュを借り切ってはいかがでしょう』
スリーコッシュは被服関連の高級店ではあるが、あくまでも大衆向けとしては最上位という店である。
つまりオーダーメイドではなくプレタポルテ、高級既製服を扱う店ということだ。男爵の礼服と男爵令嬢のドレスには妥当なところだろう。
アレクサンドラ姫は満足そうに頷いた。
『よきにはからいなさい』
『御意にございます』
セバスチャンは一礼すると、直ちに部屋を出てスリーコッシュへと従者を向かわせるのだった。
『……ありがとよ、ドリー』
ジョーが笑みを浮かべてアレクサンドラに礼を言う。
『ふふ、これくらいどうということはありませんわ』
アレクサンドラはばっと扇を広げて口元を隠しながらそう言った。
だが壁際に控えているメイド達からは、扇と豊かな黄金の髪の陰で、彼女の頬や唇が緩んでいるのが明らかなのである。姫は惚れた男に褒められるのが嬉しくて仕方ないのであった。
ナンディオがクレーザーとウニリィにスリーコッシュで服を仕立てるよう言ったのには、こういった背景があったのである。
ジョーが姫に仕立屋を呼ぶのを止めさせたのは素晴らしい判断であった。こんな村に王都の仕立屋がやってくることはないし、やってきたとしてもクレーザーもウニリィも対応できないだろう。
だが、それでももう少し、さらに深く配慮すべきであったとも言える。
つまりなにが問題かというと……。
「スリーコッシュなんかに服を買いに行くための服がありません!」
ウニリィの悲鳴が響き、ナンディオも頭を抱えるのであった。