第67話:まだ敵陣は落ちぬのか……!
この世界には魔力という、物理的・生理学的にはあり得ないことを実現する力がある。
その魔力を生得的に扱える種族を魔獣という。
例えばドラゴン。確かに翼を有するものが多いが、それだけであの巨体を浮かせることはできないという。魔力の力も利用して飛んでいるのだ。
例えばスライム。ウニリィの使役する上位のスライムは魔法を使うが、そうでないスライムであっても、あの単純な形態で思考能力を有しているのは生物としてはあり得ないのだ。
では人間はどうか。
「〈矢返し〉!」
老魔術師ヘヴンシーに向けて飛来した矢が、空中で反転し敵陣へと跳ね返された。
おおっ、と近くにいた軍勢が驚愕する。
「ふん、儂の方なんぞ見とらんで前を向け、前を。〈鼓舞〉!」
「うおぉっ!」
精神を高揚させる魔術を老爺は使用した。
ジョーの配下たちが鬨の声をあげる。
精神を高揚させるこの魔術は決して上級の魔術ではない。精神を操る魔術の中では最も単純なものの一つだ。だがそれを、個人ではなく軍全体に効果を及ぼすとなれば話は全く変わってくる。この規模で魔術を使用できるのは王国広しといえども、彼くらいのものであり、それ故の宮廷魔術師筆頭と言えよう。
「さすがだな、爺さん」
ジョーはちらとそちらに視線をやって笑みを浮かべた。
魔力を強く有し、それを術として行使できる人間がいる。それが魔術師であり、ヘヴンシーやマグニヴェラーレはそれだ。
術として体系立ってはいないが、魔力を放出して特異な能力を発揮する者がいる。例えばテイマー。ウニリィやマサクィが、本来なら意思の疎通が困難な魔獣に言うことをきかせることができるのはその力であった。
ジョーが剣を掲げる。
「行くぞ!」
「おう!」
ジョーは叫ぶと、迫るノイエハシヴァ軍に向けて斬り込んでいった。
そして膨大な魔力を保有しているにも関わらず、それを自らの意思では全く扱えず、肉体や手にした物の強化にしか使えない者がいる。ジョーはそれであった。
ジョーの肉体はもちろん戦士として鍛え上げられているが、決して大柄でもなければ筋骨隆々といった様子ではない。身長は人並み、戦士としてはむしろ小柄な方である。
「っしゃおらぁ!」
だが彼の振るう剣は容易く相手の武器を断ち、鎧を裂く。取っ組み合っての力比べでも負けたことはない。
「ぶちかませっ!」
「うおおおぉぉぉっ!!」
そして彼の声は戦場においてどこまでも響き、味方の戦意を鼓舞し、敵の戦意を挫く。それが神話や伝説に語られる英雄と呼ばれる人間の姿であった。
イェッドニア王国の初代王ファミリアス、あるいはさらに古くナインスホーガンと呼ばれる悲劇の英雄。
常人にはなし得ぬ超常の力を発揮し、その手に勝利を掴んだという。
––開戦より二刻後、ノイエハシヴァ軍本陣。
「まだ敵陣は落ちぬのか……!」
ノイエハシヴァの将軍は苛立った様子でそう唸った。
ジョーシュトラウム。ノイエハシヴァ軍の計略を防いで見せた当代の英雄。奴を倒すために策を練り、多勢で押し包んでいるというのにしぶといものである。
「イェッドニア王国軍が想定より奮戦している様子で……」
「そんなことは分かっておる!」
部下の言葉に怒りを露わにし、軍の後背に手を向けて叫ぶ。
「やつらの大将を寝返らせて、騎馬隊を全て失わせているのだぞ! 正面からのぶつかり合いで人数比は3:2! 装備とてこちらの方が上! いかに相手方に英雄がいるとてたかが一人、なぜ押しつぶせん!」
彼の言うことは間違ってはいない。ジョーを敗北させるための必勝の策であった。
だが部下は言う。
「一つに相手方に宮廷魔術師長のヘヴンシーがいます」
「魔術師など、火やら雷の魔術は脅威だが、二、三発撃てば魔力が枯渇して使い物にならなくなるだろう!」
「それが、攻性魔術は使わず、地味な補助魔術と防御魔術を延々と使用しているようで……」
ぐっと将軍は歯軋りした。
「では人数の差はどうだというのだ!」
「輜重部隊を軍勢に組み込んだようです。通常であれば輜重など戦力としてはたかがしれているはずですが、強兵が混じっていたようで」
「なんだとぉ……?」
「加えて、ご覧ください」
部下は遠眼鏡を将軍に渡した。それを覗き込み、イェッドニア王国軍を眺める。
「なんだあの壁は!」
いつの間にか、戦場には腰ほどの高さの壁が張り巡らされていた。
「木板に見えますが鉄板が仕込まれています。奴らの大半は粗末な鎧しか着ていませんが、あれを上手く利用して矢など凌いでいるようで」
ジョーがアレクサンドラに頼んだのはこれであった。アレクサンドラの私財を投じて兵と鉄を用意したのである。
弱兵を壁の後ろに置いて長槍で敵を突かせ、ジョー自身は壁など使わず乱戦に斬り込んでいた。
まるで生ける暴風、鬼神もかくやという戦いぶりである。
「ぐっ……だが奴とて人間。もう開戦より二刻、疲労もしているはず……おっ!」
遠眼鏡を覗いていた将軍が快哉をあげる。
「いかがなさいました」
「奴の剣が折れたぞ! おお、奴を殺せ!」
戦場の中心では、手にした剣が根本から折れ飛んだジョーに兵たちが殺到していた。
ξ˚⊿˚)ξやったか!
次話でジョーのシーン終わり。ウニリィのシーンに戻します。
んで、来週の頭か中の更新を多分一回減らします。
本編読み返して修正入れるのと、登場人物の追記するためです。修正箇所は書いておき、読み返す必要はないようにしておきます。
あと登場人物の場所は次話の後ろに移動させますね。
ξ˚⊿˚)ξよろしくお願いいたしますー。






