第60話:お見苦しいところをお見せしました……。
「こらー!!」
ウニリィは声を張り上げる。御者が驚いて馬車を停め、後ろを走っていたクレーザーの馬車もまた停まった。
「降りてきなさーい!」
ウニリィはそう叫びながら天に向かって拳を振り上げる。その声を聞き、なんだなんだとクレーザーも馬車を降りてきて、ウニリィの向いている方を見上げ……。
「なんじゃありゃあ!」
そう叫んでひっくり返った。
ウニリィの視線の先、空中には緑色のでっかいスライムがふよふよと浮いている。マグニヴェラーレが気球と称したように、空気で膨れ上がっているのだろう。比べるもののない空中では分かりづらいが、あんな空高くにいてここから見えるのだ。スライム厩舎よりも大きいかもしれない。
馬車の中では青いスライムが、すごいすごい! と、座席の上でぽよぽよ跳ねた。
ウニリィがぷんすこ手を振っていると、空中のスライムは、ふるふる震えながら段々と高度を下げてくる。その震えは下から見えるわけではないが、ウニリィにはスライムがいやいやと震えているのが分かるのである。
ウニリィは優秀なスライムテイマーだ。怒られそうだからとスライムが嫌がっていても、遠距離であっても言葉が届く限り、彼らに命ずることができる。
「むむむ……?」
ウニリィは目を凝らした。
よく見るとゆっくり降下してくる巨大な緑色の球体の下に、なにか綱のようなものが垂れ下がっている。それも2本だ。そしてその間には人の影が……。
「マサクィさんじゃん!」
ウニリィは叫んだ。
テイマーとしてスライムたちを任せていたはずのマサクィさんが、あろうことかスライムと一緒に空を飛んでいるのである。
いやいや、ここで決めつけるのは早計かとウニリィは思い直す。信用は大事だ。もしかしたらスライムが脱走しようとし、それをマサクィさんが必死に止めようとしてくれているのかも……。
2本の綱の間に板が渡されている。マサクィはその板の上に座っていた。ちょうどブランコに腰掛けるように。
「めっちゃ楽しそうにしてるじゃん!」
ウニリィは再び叫んだ。
「こらー、スライムー。マサクィー。降りてこーい」
そう天に叫んでいるとだんだん、スライムの高度が下がってきて、マサクィの顔もなんとなく判別できるくらいの距離になり……。
マサクィがこちらに気づいた。向こうの声はこちらまで届かなかったが、彼の口が『やっべ、ウニリィさん帰ってきてるじゃん!』と動いたように思えた。
『ちょっとウィンドエレメントスライム君、旋回! 旋回を! 村に戻ろう!』
マサクィがそうスライムに言ったのがスライムの思念を通じて分かる。
一方のウニリィは天に両手を掲げ、『降りろー、降りてこーい』と念を送った。
さて、別々の命令が同一個体に下った場合どうなるのか。
スライムへの影響力、テイムの力であればウニリィの方がマサクィよりずっと上である。自分の育ててきたスライムが相手であればなおのことだ。
だが、命令の距離は近い方が魔獣と意思の疎通がしやすいために優先されやすいという法則がある。そしてスライムにも従いたい命令とそうでない命令というのがあるのだ。
スライムは進化して賢くなっているので、今、ここで降りればウニリィに怒られるのが分かっていた。だが、そこまで賢くはないので、ここで逃げても後で怒られるだけだとうことが分かっていなかった。
ふよふよふよ。
よって、スライムは旋回し、ウニリィから離れてエバラン村の方に飛んで行ったのだった。
「あ、こらー! 厩舎にいなさーい! 覚えてなさいよー!」
ウニリィの声は田畑に響くのだった。彼女は、はぁっとため息をつく。
ひっくり返ったクレーザーが立ち上がった。
「なんじゃありゃあ」
「さあ……飛んでみたんじゃない?」
「最近のスライムはよく分からんな……」
最近というか、進化したせいである。
クレーザーは馬車に戻って行き、ウニリィもまた馬車の窓から身を乗り出していたのを、中に入る。
「はー、やれやれだわ」
そう言いながら座席に座り直した。
横で青いスライムが楽しそうだったねとふるふる揺れる。
そして正面のイケメンと目が合った。
「……」
「……」
それは唖然とするマグニヴェラーレだった。口が少し開いている。
ウニリィはぴぇー、と鳴いた。
「お、お見苦しいところを、お見せしました……」
ふっ、とマグニヴェラーレが笑みを浮かべる。
「エバラン村は賑やかそうで、なかなか退屈しなそうなところだね」
ウニリィは思わず両手で顔を隠した。賑やかというか騒がしくしたのはウニリィである。叫んでいた興奮と恥ずかしさに、顔が熱を持っているのが感じられた。
「出してくれ」
マグニヴェラーレの声に、御者が馬に軽く鞭を入れた。車輪がカラカラと動き出し、間もなく馬車はエバラン村へと到着したのであった。
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