第57話:……とんだご迷惑を。
ウニリィが目を覚ましたのはベッドの中であった。
布団はぬくぬくと気持ち良い。気持ち良いが……。
「……うにぃ?」
カーテンの隙間から漏れる陽射しが高い。
やっば、寝過ごしちゃった。スライムの世話が……! と、がばりと布団をめくって起き上がる。
ベッドサイドにいた青いスライムがころころと床に転がっていった。
「ん?」
景色が違う。布団が家のぺらいのと違ってなんかふかふかしている。
……そうか、家じゃない。王都に来ていたのだと思い出す。
「……あれ?」
だが、昨夜ベッドに横になった記憶がない。
床の上でスライムがふるふると震えて、落っことされた! と抗議する。
「ごめんごめん」
ウニリィはベッドの下に手を伸ばしてスライムを拾い上げながら、なにがあったっけと思い出そうとした。
そのとき、扉がノックされる。
「はい!」
「お目覚めですか?」
ドアから顔を覗かせたのはルゥナ・サディアー夫人であった。
「あ、はい、今起きました」
おはようございます。ええ、おはようございますと挨拶を交わす。
ええっと、昨日昨日と思い出そうとしながらウニリィは思ったことをつい口にする。
「ヴェラーレさんは?」
「……あら、まあまあまあ」
サディアー夫人が口元を手で隠して笑みを浮かべた。
……しまった。ウニリィは言い直す。
「……マグニヴェラーレさんは?」
「昨夜、ウニリィさんをこちらまで運んでくださいまして」
「ぴえぇー」
ウニリィは悲鳴を上げながら布団で顔を隠した。だが、夫人に顔を隠しても意味はないのだ。
「着替えは私が行わせていただきましたわ」
「……とんだご迷惑を」
ウニリィはベッドの上で頭を下げた。
「いえいえ、お疲れですよね。クレーザーさんもまだお休みですわ。起きますか? まだ眠りますか?」
「いえ、起きます!」
夫人はカーテンを開けていく。眩しさにウニリィは目を細めながら問う。
「夫人はお元気ですね?」
「ふふ、慣れてますから」
貴族であれば夜会であれ夜ふかしであれ慣れているものである。太陽と共に起居する農村の住民とは違うのだ。
ウニリィの身の回りの世話をしてやりつつサディアー夫人はそう語る。
「それで、マグニヴェラーレさんは報告などのために一旦戻られました。それで昨夜、クレーザーさんともお話しされて、明日の朝、エバラン村に一緒に戻られるという予定になりました」
本当は王都での社交を数日行ってという予定ではあったのだが、後見人となったマグニヴェラーレにエバラン村のスライムたちの様子を先に確認する必要があると言われてしまっては仕方ない。
もっとも、ウニリィにしろクレーザーにしろ社交がしたいわけではないし、村に残っているスライムたちの様子が気になるのである。渡りに船と言ってもよく、否やはない。
「今日は特に予定もありませんしゆっくりされると良いでしょう。お買い物やお散歩などしても構いませんよ」
「……ゆっくりさせていただきます」
夜会とは朝までである。未婚女性は早めに戻るとはいえ、それでも日が変わるまで会場にいるのが一般的だ。
よって翌日は予定を入れていないのが一般的である。ウニリィも今日はだらだら過ごさせてもらうこととした。
––ぐー。
ウニリィのお腹が鳴った。
「ふふ。軽食を用意してありますから、着替えたらいらっしゃい」
ウニリィは顔を赤くして頷いた。
さて、軽食をとっている間にクレーザーも起きてきた。
「昨日は申し訳ありませんでした!」
「ごめんなさい!」
へにょり。
サレキッシモ、ウニリィ、そしてスライムの二人と一匹は、並んでクレーザーに頭を下げたのである。
クレーザーはふうむ、と髭を撫でて言う。
「ま、反省してるならいいさ。被害はなかったようだしな」
「うん……」
ウニリィは頭をあげ、サレキッシモはもう一度頭を下げた。
「やめておくれ、あんたは客人だ。本来なら目を離した我々の責任なのだから」
実際のところ、スライムが何らかの被害を与えた場合、罰せられるのはクレーザーなのだ。
「いや、それ故に申し訳ない。それでありながら、さらに申し訳ないことに一つお願いがあるんです」
「ふむ?」
「一旦、ここで別行動をとっても構わないだろうか」
サレキッシモはそう言った。横で聞いていた夫人が口を挟む。
「サレキッシモさんはナンディオさんからお仕事を受けていらしているのでは?」
従軍するために離れたナンディオに代わり、王都での従者役を務めるという仕事を彼は受けているのである。
サレキッシモは頷いた。
「ええ、ですが明日戻られるのであれば、従者役は不要でしょう。またマグニヴェラーレ氏と共に村に戻るのであれば、道中の護衛も不要なはずです」
本来はまだ王都に滞在するはずであったが、確かに明日帰るのであればサレキッシモの仕事がないのは事実である。
「もちろん、離れている間の給料は要求しませんよ」
「それは、ちゃんと戻ってくるのね?」
ウニリィは問う。酒の失敗で居づらくなってここから去るという訳ではないのかと確認である。
サレキッシモは頷き、そばに置いてあった彼のリュートを手にとって音を鳴らした。
「ちょっと音が乱れている」
「そうかしら?」
「素人にはまだ分からんでしょう。でもそのうち、ずれは大きくなるものです」
ウニリィには澄んだ美しい音にしか聞こえないが、そういうものかもしれない。
スライムの体調の良し悪しについて他の村人に話したとき、誰も納得してくれなかったことをウニリィは思い出した。
「王都にいる間に調律を頼むとか、他にも予定をこなすつもりだったが、早く帰ることになってしまったのでね。なに、一週間もしないうちにエバラン村に戻りますよ。なんといってもまだ給金をいただいてませんので」
サレキッシモは器用にウインクを飛ばしてみせる。
そういうわけで明日、マグニヴェラーレが来たら一旦別れることになったのだった。






