第55話:はいぃ!
「ウニリィさん!」
「はいぃ!」
リンギェが大きな声でウニリィを呼ぶので、彼女は驚いてぴんと背筋を伸ばした。
「仲良く! いたしましょう」
「仲良く……ですか?」
「ええ、お嫌かしら?」
リンギェは悲しげな表情を示す。
ちょっとわざとらしくはあるが、確かに仲良くしようというのに疑問系で返すべきではなかった、そうウニリィは反省する。
「いいえ、そんな。光栄です」
リンギェはウニリィのその言葉に笑みを浮かべて、二人は手を取り合った。
リンギェは壁の時計をちらりと見上げる。夜会を抜け出してきたのだから、もう日が変わるような頃合いだ。彼女は言う。
「良かったわ。でしたら今夜はもう会場に戻っても仕方ありませんし、今度すぐにオーウォシュ家でお茶会を開きますので、ぜひご参加くださいまし!」
マグニヴェラーレが咳払いを一つ。
「おい、リンギェ。勝手にウチで茶会を開くことにするんじゃあない」
「あらあら、お兄様。そんなこと言ってもよろしくて? お兄様はウニリィさんの後援者なのでしょう?」
「……どういうことだ?」
リンギェはやれやれと肩をすくめて首を横に振る。ウニリィにわかりやすくオーバーアクションにしているのかもしれないが、マグニヴェラーレはちょっといらっとした。
「先日、王宮で捕まったウニリィさんの名誉回復をはかりたいのに、現状の彼女は夜会を中座してしまったということですわ。つまり、やましいことがあるのではと邪推されていまいます」
ウニリィは顔色を白くする。マグニヴェラーレは反論した。
「そうさせないために彼女の父のカカオ男爵は会場に残してきたがな」
「ええ、会場で目にいたしましたわ。でもそれは、カカオ家の潔白を示すものであって、ウニリィさん個人のものとは違うでしょう。それにね」
リンギェは手にしていた扇で、とんとマグニヴェラーレの胸を突く。
「私はいま、目にしたと言いましたわよ。その意味がお分かりにならない兄様ではないでしょう?」
マグニヴェラーレは渋面をつくった。ウニリィは彼を見上げる。
「どういう、意味でしょう?」
「高位貴族への紹介はできていないということだ」
リンギェは頷く。
「宮廷魔術師次席の兄様がカカオ男爵とご令嬢を伴って動けば、伯爵家以上のいわゆる高位貴族への面通しもできたでしょう」
彼女はここでもマグニヴェラーレがミドー公爵家の者だという情報を意図的に隠して言う。
「男爵の隣にいらした婦人はそつなく動かれて男爵をフォローされていました。ですが、彼女ではそこまでの伝手はないのでしょうね」
凄いな、とウニリィはいっそ感心する。自分と同じような年齢の女性がそこまで情報を手にして、かつ分析できているだなんてと。
だって、彼女はクレーザーと話したわけでもないのに、彼の隣にいたのが『妻ではない』ことまで知っているのだ。
マグニヴェラーレは髪を掻き上げて言う。
「確かにお前の言うことには一理ある」
「では、お茶会を開いてもよろしくて?」
「構わない、だが」
「だが?」
リンギェは扇を再び持ち上げる。何か気に入らないことを言ったらまた胸を突く気だ。
「先に一度、ウニリィ嬢の家に行かねばならない。茶会はその後だ」
「まぁっ!」
リンギェは満面の笑みを浮かべた。
「つまり彼女の実家へ行き、ご挨拶を……?」
「ご挨拶?」
「ほら、娘さんをくださいとかそういう」
「ええっ!」
リンギェの言葉にウニリィは驚いてマグニヴェラーレを見上げる。
はぁ、とマグニヴェラーレは大きなため息をついた。
「違う、仕事だ、仕事。ウニリィ嬢も驚いているじゃないか。お前はなんでもそう縁談とかに結びつけるのをやめなさい」
カカオ家の飼育施設にいるスライムついて把握・調査するのは、ウニリィの後見者としての仕事でもあるし、宮廷魔術師としても必要な仕事であろう。王都の治安を守るために。先日の件や今日の惨状から考えればこれは決して大袈裟な話ではない。
「ですが、ちぃ兄様が女性の家に伺うんですよ? そんなこと今までありまして!?」
「確かにないが、だからといってそう短絡的な」
「ああ、これはお母様に報告せねば!」
マグニヴェラーレの言葉を遮ってリンギェは叫ぶ。
「リンギェ、やめなさい」
「やめませんわ!」
リンギェはがしりと両手でウニリィの手を掴んだ。
「ウニリィさん!」
「はいぃ!」
「お兄様をよろしくお願いいたしますね! それでは今夜はこのへんで失礼しますわ!」
「ちょっと、おい! リンギェ!」
リンギェはくるりと踵を返し、おほほほほーと笑い声と共に部屋を出ていった。
バタンと扉が閉じられ、お付きの者たちを従え、邸を去る気配がする。そしてカラカラと馬車が遠ざかっていった。
ウニリィは笑みを浮かべて言った。
「愉快な妹さんですね」
マグニヴェラーレは哀れな者を見るような視線でウニリィを見下ろした。
「……なんでしょうか」
「いや、面倒な者に気に入られて大変だなと」






