第54話:オーウォシュでは……
リンギェはちらりとマグニヴェラーレの横を見る。
可愛らしい女性が兄の隣に座ってびっくりした表情で固まっていた。そして兄とその女性の間に置かれた青いクッションのようなものがふるりと揺れる。
なるほど、彼女が……。リンギェは思いつつ言った。
「確かに……それもそうよね」
リンギェは頷くと、ウニリィに向けてドレスを摘まんで持ち上げ、軽く腰を折って礼をした。
「マグニヴェラーレの妹、リンギェと申しますわ。突然の訪問、失礼いたしました」
ウニリィは慌てて立ち上がった。格下の男爵令嬢が座って礼を受ける訳にもいかないのだ。
「いえ、こちらこそマグニヴェラーレ様にはたいへんご迷惑をおかけして……ウニリィ・カカオと申します」
そう言って、リンギェと同じように礼をとった。リンギェは問う。
「夜会の会場でお会いできるかと楽しみにしていたのですが……何があったか伺っても?」
ウニリィはちらりと振り返ってマグニヴェラーレの方を見た。伝えてもよいものか判断しかねたからだ。
マグニヴェラーレは頷きを返して唇の前に指を置いた。
「リンギェ、内密に」
リンギェは後ろに視線をやる。自分が入ってきた扉からは彼女を追いかけてきた自身の従者やサレキッシモたちが覗いていたが、それを部屋から出るように命じ、人払いをした。
「彼女がスライムテイマーであるという話は伝えたな」
「ええ」
「この屋敷に置いてきた、そのスライムが問題を起こしてな。急遽、その解決のため来たという訳だ」
ふるふる。
マグニヴェラーレの横でスライムが申し訳なさげに揺れた。
「そちらがそのスライム?」
「はい!」
ふよん。
ウニリィが答え、スライムが揺れる。
「ふふ、そんな問題を起こすようには見えませんけどね」
リンギェはスライムというものをもちろん知っているが、実際に見るのは初めてである。ありふれた魔獣であるとはいえ、公爵家の令嬢が目にするような機会などないのだ。
ソファーの上でふよふよ揺れる様はちょっと可愛くも感じる。
こんなクッションくらいの大きさのものが、何をそう問題を起こすというのだろうか。リンギェはそう思うが、マグニヴェラーレはゆっくりと首を横に振った。
その『危険そうに見えない』というのが、ウニリィのスライムの一番の危険性であろう。
「魔獣というのはそう単純ではないのだよ」
ウニリィのスライムについて、その異常な能力を知る者は少ない方が良い。マグニヴェラーレはそう言うにとどめた。
「そう」
リンギェは軽く肩をすくめる。彼女としても、いやそれは一般的な貴族令嬢全てがそうであるが、魔獣なんかに興味はないのだ。
では彼女たちが何に興味があるかといえば、色恋沙汰である。つまり、この朴念仁の兄が気にするウニリィという女性が気になって、わざわざ夜会からここまで追ってきたのだから。
「ウニリィさん、兄をよろしくお願いしますね?」
「いえいえいえいえ! よろしくされているのはこちらの方で!」
「私とも仲良くしてくれると嬉しいですわ」
「は、はい! リンギェ・オーウォシュさん、これからよろしくお願いいたします」
「いえ、オーウォシュで……」
『ではなく、リンギェ・ミドーですわ』と続けようとして、言葉を止めた。
「ちょっと、ちぃ兄様?」
「だからちぃ兄様はやめろと」
「いいから」
リンギェはマグニヴェラーレの手を掴んで、部屋の隅へと連れていき、耳元に口を寄せる。
「なんだ」
「ひょっとして、彼女はちぃ兄様がミドー公爵家の者だと知りませんの?」
「……のようだな」
「ようだなって」
二人がウニリィの方を見れば、彼女はなんだろう? と軽く首を傾げた。
「なんで言ってませんのよ」
「いや、特に言う機会も必要も無かっただけだが」
必要がないはずないでしょう! というか、本来なら知っていて当然の話でしょうと思うが、新興の男爵令嬢ともあれば仕方ないのかしら、とリンギェは考えた。
実際、ウニリィも貴族年鑑は読んでいるし、ミドー公爵家を知らないはずはない。
だが、どうしても覚える順番としてはまず爵位を有する本人、次いでその配偶者、嫡男の順だ。その下の弟妹の名まではとうてい覚えきれるものではない。
「ふむ」
リンギェはマグニヴェラーレと顔を寄せながら、ウニリィを見る。
彼女はのそのそと動き始めたスライムを抱えてソファーの上に戻した。ちらちらとこちらを気にしたり、スライムに意識がいったりと落ち着きのない様子ではある。
「なるほど、ちぃ兄様グッジョブです」
リンギェは小さく親指を立てた。
「うん?」
貴族社会に慣れてない彼女が公爵家令息と関わっていると知ったら、衝撃を受けるだろう。そして兄との距離は開いてしまうに違いない。
知る前に二人の距離を詰めさせる。これが良いとリンギェは考えた。
「ちぃ兄様、私たちがミドー公爵家の者と伝えるのは禁止します」
「なに?」
リンギェは兄から身を離し、ウニリィに近づいた。
「はい、オーウォシュ。リンギェ・オーウォシュですわ、ウニリィさん。でも、リンギェとよんでくださいませ!」
「は、はいぃ……!」
ウニリィはリンギェから有無を言わせぬ、ひどく圧を感じたのだった。
ξ˚⊿˚)ξキーボードがお亡くなりになった……。
数年ぶりにスマホでぽちぽち打ってるので、執筆がとても遅い。メソメソ。






