第53話:ほら、慰めるのは閣下の仕事ですよ
ふるふるふるふる。
スライムが抗議するように揺れるが、ウニリィはほだされたりしないのである。
「お酒はメッ」
ぐにゃりとスライムが身をよじる。
「もー、心配したんだからねー」
ぺにょん。
ごめんなさい。とでも言うかのようにスライムは身を低くした。ひらぺったくなったようにしか見えないが。
ウニリィはひらぺったいのに問う。
「誰か傷つけたりした?」
ふよ。
「外に残ってるのはいない? みんなくっついた?」
ふよ。
マグニヴェラーレがソファーに片肘をついた体勢で言う。
「怪我人の報告はありません。今も魔術を使用して確認していますが、外にスライムらしき魔力反応はありませんね」
「魔術」
ウニリィが想像する魔法使いといえば、呪文を唱えたり、杖を振ったりしているのだが、彼はそんなものいらないようだ。さっき空を飛ぶ時もそうであった。
「壁や側溝などに多少の損壊はありますが、すぐに直せる範囲です。こちらも問題ありません」
はぁっ、とため息をついてウニリィは床にへたり込む。
「……よかったぁ」
気が気ではなかったのだ。もしスライムが人を傷つけていたら、ウニリィはそれを処分せねばならないということが。彼女はいざというときのため、クレーザーの作った『スライム殺し』の毒の小瓶を持っている。
そんなもの、使う機会なんておとずれないほうがずっと良いのだから。
ウニリィの瞳から涙がぽろぽろ落ちた。
うにょんとスライムが近づいてきて、ウニリィの膝にのった。慰めようとしているのか、どうしたら良いのかわからないのか、ウニリィの膝の上でうにょうにょと触手を伸ばそうとしては引っ込めるような動きをとる。
ウニリィはぎゅっとスライムを抱きしめた。
「ほら、慰めるのは閣下の仕事ですよ」
サレキッシモがマグニヴェラーレを促した。
「……私か」
「当然でしょう。自分は外にいる兵士たちに問題ないと伝えてきますので」
そう言ってサレキッシモはさっさと部屋を出て行ってしまったのである。
本来なら仕事としては宮廷魔術師の自分がそちらにいかなくてはと思うが、そうではないのだろう。確かに私が報告に行って、従者に泣いている女性を任せるのも違うか……とマグニヴェラーレは考えて立ち上がる。
ポケットからチーフを抜き、ウニリィの前にひざまずいて差し出した。
「これで涙を……」
ウニリィは顔を上げる。だがチーフを手に取らない。両手でスライムを抱きしめているため手が塞がっているのだ。
「失礼」
マグニヴェラーレはウニリィの目元にそっとチーフを当てた。じわり、とチーフが涙を吸う。
両目の目元にちょんちょんと当てているうちに、ウニリィの涙は引っ込み、顔が赤みを帯びてくる。
「立てますか?」
「ひゃい!」
マグニヴェラーレがチーフを胸に戻し、そう問いながら手を差し出した。
ウニリィはスライムを片手で抱えなおし、マグニヴェラーレに逆の手を預けて立ち上がり、ソファーに並んで座った。
スライムはにょろりとウニリィの膝の上から降りると、ソファーの二人の間におさまって、ふるふると揺れた。
ウニリィはソファーに背を預け、少々ぐったりした様子である。
そもそも不慣れな夜会から続いてこれなのだ。疲れもするだろう。
「何か飲みますか」
マグニヴェラーレの唇は彼が何か考える前にそう動いていた。
緊張と疲れを取るなら何か温かいものだろうが、ちょっと状況的にホットワインは飲む気にはなるまい。
マグニヴェラーレはウニリィの答えを待たずに、ミルクを魔術で温めると、砂糖を加えてカップに注ぐ。そして誰も触っていないマドラーがくるくるとそれをかき混ぜる。
彼のような魔術師にとっては当然の光景であるが、ウニリィにとってはそうではない。彼女は、ぽかんと口を開けてそれを見ていた。
マグニヴェラーレはカップを手にして熱すぎないことを確認すると、それをウニリィに手渡す。
「はい、簡単なものですがどうぞ」
「ありがとうございます」
ウニリィはそれを両手で包むように持って、口に運んだ。彼女の頬に僅かに笑みが浮かぶ。
「……おいしいです」
「それは何よりだ」
二人と一匹の間で、穏やかな時間が流れる。だが、それも長くは続かなかった。
「外が騒がしい?」
ウニリィが呟く。
馬車の音、サレキッシモらの声。クレーザーたちが心配になり、急いで戻ってきてしまったのだろうか。ウニリィがそう考えていた時である。
ばーんと勢いよく扉が開けられた。
「ちょっと!」
少女の声が部屋に響く。
「夜会会場に行ったら、ちぃ兄様ったらいないじゃないですか!」
「……リンギェ、お前ね。人の家でちぃ兄様はやめなさい」
可愛らしいラインのドレスをけたぐって、ぷんぷん怒って入ってきたのはマグニヴェラーレの妹のリンギェである。
彼はため息を一つ落として、妹の無礼をとがめるのであった。






