第52話:な、なにもいませんよ?
「まさかスライム王!?」
そう叫んだマグニヴェラーレに対し、ウニリィは背後に青いスライムを隠すように立ったが、なんの意味もない。
自分よりもずっと巨大なものを小柄な彼女の身体で隠せるはずもないのである。
ふよん。
スライムがその身を揺らす。マグニヴェラーレは眉間にシワを寄せて言った。
「ですがその巨体、その魔力。伝説にきくスライム王としか考えられません」
「ちちち、違いますよ。スライム王なんて子、うちにはいません!」
ウニリィは振り向いてスライムをぺちぺち叩いた。
「ほら、その魔力とかしまっちゃって、隠れて!」
––そんなー。
巨大なスライムはにょろりと体を変形させて、その一部をまるで触手のように伸ばす。
にょろにょろと伸びていった先は風呂場の浴槽である。そこにだばだばと体内の水分を抜いていけば、体の大きさがどんどん小さくなっていった。
「えっと、いったい何を?」
マグニヴェラーレが思わず疑問の声を上げるが、ウニリィもそれには答えられない。スライムが何をしているか彼女にもわからないからだ。
だがマグニヴェラーレは、はっと気がついた。スライムの大きさもそうだが、それから感じる魔力もまた小さくなっていくのだ。
スライムはウニリィの膝丈くらいの大きさまで小さくなった。
にょろん。
そしてずいぶんと細くなった触手を体に戻し、のそのそと移動する。
「ちょっと、何してんの!?」
スライムが向かったのはウニリィが着るドレスのスカートであった。
足元までの長さで、釣鐘のように広がった豪華なスカートの中にスライムの姿は完全に見えなくなったのである。
ふるふる。
スカートの下でスライムが揺れる。
「……ああ、隠れたのね」
ウニリィがさっきうかつに隠れてと言ったせいなのは明らかだ。
ウニリィはマグニヴェラーレを見上げて言う。
「な、何もいませんよ?」
あまりの言い分にサレキッシモが笑う。
はぁ、とマグニヴェラーレはため息をついて、額に指を当てて考え始めた。
「頭痛が痛い?」
「痛いのは頭痛ではなく頭です……」
マグニヴェラーレはしばし固まった後にウニリィの瞳をじっと見つめた。
「……なんでしょうか」
「あなたはそれがスライム王ではないと言い、以前それがエレメントスライムであるとも言いました」
城で捕まっていた時の尋問においてである。
「はい」
「ですがそれがただのエレメントスライムのはずはありませんね?」
ウニリィの身体がびくりと震える。
エレメントスライムはスライムの魔力を帯びた特殊進化だ。またスライムの進化は騎士級、将軍級、王級である。
つまりエレメントスライムの将軍級であれば、通常のスライムの王級に準じる魔力を持っていてもおかしくはないのでは。
そうマグニヴェラーレは思い至った。
「……愛」
「愛?」
それに加えてウニリィが言っていた、愛を込めた育成とやらでカカオ家のスライムは一般のそれよりも能力が高まっているのだとすれば……王級に匹敵する魔力を有する可能性もあるのではなかろうか。
実際、マグニヴェラーレの想像は正解であった。
「スライムをお出しなさい」
ウニリィは頷き一歩下がると、スカートの下のスライムがあらわになる。ウニリィは屈んでそれを持ち上げた。
「よいしょ」
両腕で抱えるような形だ。スライムは彼女の腕の中でうにょうにょと身を捩った。
さっきよりはずっと小さいが、以前見た時よりは大きい。マグニヴェラーレはそれを観察して確認するように尋ねた。
「体内の水分を調整することで大きさを変形できる。それに加えて小型化しているときは魔力を小さく偽装できるということですね?」
「はい、ウォーターエレメントスライムはそれができるみたいです」
マグニヴェラーレの額に縦皺が寄る。
「まさかエレメントスライム将軍まで飼育されているとは思いませんでした」
「最近、エレメントスライム将軍たちに進化したんですよ」
ウニリィはにっこり笑う。マグニヴェラーレは再び額に手をやった。
彼は単数系で尋ねたのに、彼女は複数形で答えたのだから。つまりここには連れてきていないが、カカオ家にはウォーター以外の属性のエレメントスライム将軍もいるということだ。
この娘は国家転覆でもする気なのだろうか。
マグニヴェラーレはどさり、と行儀悪くソファーに腰をおろした。
「今後、カカオ家の領地邸にお伺いしないといけませんね」
「あの、屋敷なんてとんでもない、ボロ屋なのでヴェラーレを呼べるような場所では」
マグニヴェラーレは首を横に振る。
「見たいのは、というより見なくてはならないのは屋敷ではなくてあなたのスライムたちですよ」
ウニリィもここで気がついたのか、しまった、と表情に浮かべる。マグニヴェラーレの身体がずるずるとソファーに沈んでいく。
「……酒でも飲んで忘れたい気分です」
「飲みますか?」
サレキッシモが笑い、ウニリィの腕の中のスライムが期待するようにふるりと揺れて腕の中から身を乗り出した。
ウニリィは言う。
「お酒は禁止です」
––そんなー。
「そんなー」






