第49話:すんすんすん。
ウニリィとマグニヴェラーレは急ぎ、会場を後にする。だが、まずはクレーザーにもスライムが増殖している件を伝えねばならない。
こっそりと会場からクレーザーを連れ出して、そのことを伝えれば、彼は顔を青くした。
「たたたた、たいへんだ。急いで戻らねば」
「お待ちください。男爵」
マグニヴェラーレはクレーザーの肩に手を置き、とどめた。
「私たちが対処します。カカオ男爵はこの場に」
マグニヴェラーレはクレーザーに、会場に留まるようにと言った。
今回、クレーザーが授爵しているのだ。彼は祝賀パーティーの招待客であり、会場で顔を売るのも社交という重要な仕事であるから、この場を離れるべきではない。娘であるウニリィとは立場が違う。
本来ならマグニヴェラーレもクレーザー同様に授爵しているのではあるが、彼の場合、治安維持は宮廷魔術師としての任務でもあるし、そもそも王都の貴族で宮廷魔術師次席たる彼のことを知らぬ者もそういない。
クレーザーは苦渋を飲んだような表情を浮かべて言った。
「……お願いします」
「承ります」
「ウニリィ」
「はい」
クレーザーの真剣な声色に、ウニリィもしっかりと頷く。
「スライムたちが人を害していた場合、絶対にスライムたちを殺しきれ」
「はい」
それはスライム職人として、テイマーとして。必ず守らなければならない定めであった。実際、ウニリィの身体に傷をつけたスライムは、クレーザーの手で処分されているのである。
ウニリィは踵を返し、急ぎ出口へと向かった。マグニヴェラーレもそれを追う。
「馬を用意していただけますか」
「移動手段は大丈夫です」
ウニリィの問いにそう答え、彼はちらりと横を歩くウニリィを見下ろした。瀟洒なレースに包まれた拳をきゅっと握りしめ、顔色を白く、悲壮な決意を浮かべている。
マグニヴェラーレはその姿を美しいと感じた。社交界の嫋やかな花々とは違う、凛とした美しさだ。
「こちらにどうぞ」
「2階?」
マグニヴェラーレはウニリィの手を取って階段を上りだす。ウニリィは外に向かわないことを疑問に思った。
彼はベランダへとウニリィを誘う。そして彼女を抱きかかえた。
「なななな、突然なにを?」
「失礼、急ぎますから」
膝裏に腕が回され、抱き上げられる。ウニリィの足が床から離れ、視線が上がる。いや。
「えっ……ええっ!」
視線が上がっているのは抱き上げられているからだけではない。マグニヴェラーレの足もまた床から離れているのだ。
「〈飛翔〉」
視界で光が流れた。マグニヴェラーレは家々の屋根の高さで飛んでいるのだ。
「ぴええぇっ!」
ウニリィは悲鳴をあげ、マグニヴェラーレの身体にしがみつく。
だが、あまりにも安定して飛んでいるので、恐れはすぐに消えてしまった。
夜会の灯り、街の街灯も窓から漏れる光も、全てが足元で後方に流れていく。だがそれだけの速度で飛んでいるのに、全く揺れも風も感じないのだ。
これが宮廷魔術師……! とウニリィは感心した。
「降りますよ」
マグニヴェラーレは迷うこともなく現場に急行する。
ウニリィの目にも、警邏隊の掲げるカンテラが多数揺れているのが見えた。そして、彼女がテイマーであるからか感じるスライムたちの気配も。
飛行する向きが横から下へと変わる。
「ぴぇっ」
内臓がぐりんと動くような感触、そして微かな衝撃はマグニヴェラーレの足が地面に着いたものか。
「宮廷魔術師次席、マグニヴェラーレ・オーウォシュである! この場の責任者はいるか、状況の説明を!」
「はっ!」
マグニヴェラーレはウニリィを地面に下ろしながらそう叫んだ。
彼らが話し始める前に、ウニリィは足を踏み出した。
ふるふるふるふるふるふるふるふる。
無数のスライムが街路を埋め尽くしている。
「どうしてこんなことに……」
ふるふる。
––あ、ままー。
ふるり。
––ままー。
スライムたちはウニリィに気づいたのか、甘えたような思念と共に、ウニリィにうにょうにょと近づいてくる。
「人的被害は?」
「今のところ確認されていません」
背後からマグニヴェラーレたちの声が聞こえる。
夜であること、そして貴族街の人々はそもそも夜会に出席していることから、そもそも人通りが少なかったのが幸いしたのだろう。
そして、スライムたちにも暴れていたり攻撃的な様子、あるいは捕食行動をとっているようなものも見かけられない。
ウニリィは油断しないように気をつけつつ、まずは安堵した。
「どうしちゃったのよ、みんなー」
うにょんうにょん。
ウニリィは、彼らの動きや思考に違和感を覚えた。どうにも普段のスライムたちとは雰囲気が違う。もちろん、それは普段からスライムたちを見ているウニリィだからこその感覚ではあるのだが……。
ウニリィはかがみ込み、スライムを一匹持ち上げた。
にょろり。
「すんすんすん」
ウニリィはスライムを顔にちかづけ、その匂いを嗅いだ。
「ねえ、あなた……お酒くさくない?」
ふにょん。
––えへへー、おいしかったですー。






