第48話:ウニリィ嬢の恋に乾杯!
さて、ウニリィがシャンパンを吹き出したところより、時間は数刻戻り、クレーザーとウニリィたちが出かけた後の王都邸である。
ふよふよふよ。
青いスライムはウニリィたちの乗った馬車を見送って、ふるふると揺れていた。
その隣にはサレキッシモが従者よろしく腰を折っている。
蹄鉄と馬車の車輪が石畳を叩く音が聞こえなくなったころ、サレキッシモはゆっくりと頭を上げた。
別にカカオ家に仕えているというわけではないが、滞在させて貰っている分くらいは働こうという気は彼にもあるのだ。
「さて、中に戻るぜ」
サレキッシモはスライムに声をかけた。そして家の玄関を指差す。
彼はテイマーではない。だからスライムと意思疎通はできないので、何かを命じることもできなければ、スライムが何か伝えたいことがあってもそれを理解することはできない。……本来なら。
だがカカオ家のスライムは知性が高い。それも驚くほどに。それがウニリィたちの育成によるものなのか、スライムが上位種であるためか、それともその相乗効果なのかは不明だが、互いになんとなく言いたいことが伝わるのであった。
うにょうにょ。
果たしてスライムはサレキッシモが指差した方向、部屋に向かってちゃんと動き出したのであった。
さて、部屋にはマグニヴェラーレがウニリィに捧げた薔薇の花束が残されている。ミウリー夫人も出ていってしまったので、片付ける人間がいない。せっかくだからサレキッシモは部屋中の花瓶にそれを挿し、まだ余ったので残りは桶に入れておいた。
部屋はずいぶんと華やかになったものである。
ふよ。
スライムが桶に入れた花に興味を示したのか近づいていく。
「さすがにそれ食べちゃうと、お前のご主人が悲しむぜ」
サレキッシモはウニリィの革手袋を嵌めると、スライムを持ち上げて卓上に載せた。
スライムは分かってるのかいないのか、ふるふると揺れた。
「この薔薇、クッソいいやつなんだよなぁ。それだけ、マグニヴェラーレの野郎がウニリィお嬢ちゃんに本気ってことさ。いやー、笑えるぜ」
ふよふよ。
そこにいろよ、とサレキッシモはスライムに言って、卓から離れてワインセラーを漁る。
「オクタシーマウント、それにブラックドラゴンだ」
笑いながら白と赤のワインを一本ずつ持って戻ってくる。そしてグラスに白の方を注ぎ、愛用のリュートを抱えて、ぽんぽんと軽快な音を鳴らす。
「素晴らしい酒を用意してくれたキーシュ家と、お前の主人たちの幸せと、氷の宮廷魔術師殿の恋が面白くなることを願って乾杯だ」
ふよふよ。
彼は酒杯を天に掲げてから口元へ。
「あー、うめえ!」
サレキッシモは部屋の中でリュートを鳴らし、マグニヴェラーレがこの屋敷にやってきた時の様子を即興で歌いだす。
そのうちこれでひと稼ぎするつもりなのだ。
しばらくの間、酒を飲み、歌っていたサレキッシモは、ふと卓上でふよふよ揺れているスライムに目をとめて尋ねた。
「……お前も飲むか?」
ふよふよ。
サレキッシモはスライムが頷いたと判断した。
「ちょっと待ってろ」
サレキッシモは桶を持ってくると、スライムの前に置く。
うにょん。
特に命令されずとも、スライムはその中に入っていった。
サレキッシモはそこにオクタシーマウントをだぼだぼと注ぐ。
「お前、これ滅多に飲めない高級酒だからな」
ふるふるふる。
スライムが揺れる。
そして注いだ酒が明らかに減った。スライムが吸収しているのである。
ふるふるふるふるふるふる。
サレキッシモはスライムがご機嫌に揺れていると判断した。
「お前……いけるくちだな?」
ふる。
「もう一杯いくか?」
ふるふる。
「じゃあ今度はこっちだ」
サレキッシモはだぼだぼとブラックドラゴンを注いだ。
赤い液体がスライムにかかり、それはすぐに吸収されていく。
「いいね」
ふる。
サレキッシモは自分の杯にもブラックドラゴンを注いて、杯を掲げた。
「ウニリィ嬢の恋に乾杯だ!」
ふるふる。
そして酒を飲みながらご機嫌に歌い出す。
「おー、うつくしーきーおとーめーウーニリーィーよー」
うにうにょうにょん。
さて、ところでこの青いスライム。ウォーターエレメントスライム……ではない。実はウォーターエレメントスライム将軍である。
ウニリィがエバラン村を出る時に青いスライムが見送りに出ていなかったのは、このスライム一匹に、全てのウォーターエレメントスライムが融合しているためだ。
部屋ほどに巨大な将軍級のスライムが、この小さな一匹に収まっているのである。水属性の魔力を有するがゆえに、水分を操作できるウォーターエレメントスライムならではの能力……なのだが、ここまで小さくなるというのは、スライムにとって体力的・魔力的に大きな負担であるのは間違いないだろう。
水分を枯渇させているスライムに水分が与えられた。
ふよ。
しかもそれにはアルコールが含まれている。
ぐにゃり。
「ん、どうした?」
スライムの体が崩れたかと思うと、一匹のスライムが二匹になった。
「おい!」
ふよふよよよよよよふよよよよ。
融合できなくなったスライムは、あっという間に増殖し、桶を破壊して床に落ち、さらに部屋からも溢れていったのだった。






