第45話:……ヴェラーレで良い。
クレーザーとウニリィが乗る予定だった馬車は、彼とサディアー夫人が使い、マグニヴェラーレが乗ってきた馬車を彼とウニリィが使うことになった。
「従者は当家の者たちをお使いください」
「ご厚意感謝致しますわ」
マグニヴェラーレの言葉にサディアー夫人が答える。
あれ。と、ここで初めてウニリィは思った。彼は宮廷魔術師であって、新興の子爵に叙せられたと聞いたけれど、それがこんなに従者を揃えてるというのっておかしくない? と。
「それでは自分はおとなしく留守番でもしていましょうかね。スライムくんと一緒に」
だがその時にサレキッシモがそう言ったので、ウニリィの意識はそちらに向いてしまった。助かったと。スライムを一匹だけで家に残していくのはさすがに不安にすぎたのだ。
「助かります」
「いってらっしゃいませ、旦那様、お嬢様。良い夜を」
ふるふるふる。
サレキッシモが礼をとり、青いスライムはふるふると身を揺らしてウニリィたちを見送ったのだった。
馬車は外観こそ地味ではあったが、内装は豪華なものであった。ビロードの滑らかな椅子に尻をのせていいものかおっかなびっくりのウニリィに、マグニヴェラーレが笑みをこぼす。
彼に手を引かれて座るよう促されて腰を下ろせば、身体は沈み込むようであった。ちょこちょことお尻の位置を調整しながらウニリィは尋ねる。
「私、夜会は初めてなのですけど」
「うん」
「何か気をつけることはありますか?」
「……私から離れないように」
「ま、まるでマグ、マグニヴェラーレ卿がじょ、情熱的なようですわ!」
ウニリィは大いにどもった。確かに情熱的に聞こえる言葉ではある。だが、彼はゆっくりと首を横に振った。
「いや、この注意は貴女の身を守るためだ」
そう言ってため息を一つ。
「……迷惑をかける」
マグニヴェラーレは呟いた。何が、と問おうとしたが、彼の視線は馬車の外に向けられてしまった。車輪が石畳を叩く音だけが馬車の中に響く。
マグニヴェラーレ自身も驚いていることには、思ったよりウニリィに好意的な印象を覚えている。自らの家族たちにそう仕向けられているのもあるにせよだ。
良くも悪くも貴族的ではないウニリィは、隣にいて肩肘張らないというのはあるのだろう。マグニヴェラーレはそう分析する。
「……ヴェラーレで良い」
「えっ」
「私の名は長くて言いづらいだろう。親しい者は皆そう呼ぶんだ。貴女もそう呼んでくれ」
ウニリィは口をはくはくさせた。
「ヴェラーレ卿」
「卿も固いな」
「ヴェラーレ」
「う、うむ」
「それではヴェラーレも『貴女』ではなく……」
「う、うむ。……ウニリィ」
「はいっ」
二人は互いの名を呼んで赤面した。
ところで貴族の馬車というものは、警備や主人の世話のために、二名の従者が車体の後ろに立って乗っているものである。
彼らは主人たちの初々しい様子に悶絶した。そして必ずやこの様子をミドー公爵夫妻に報告せねばと誓うのであった。
さて、馬車は夜会会場に到着し、ウニリィはマグニヴェラーレの手をとって馬車から降りる。
隣の馬車からはクレーザーが降りてくるので、挨拶を交わしてから会場である広間に入った。
煌びやかで、華やかな空間。人々もまた美しく着飾り、夢のようである。
だが……広間がざわりとどよめいた。
視線が一斉にウニリィたちの方に集まったかのようで、ウニリィはびくりと身を震わせる。
特に女性たちからの視線が強い。
ひそひそ、ひそひそ。
手にした色とりどりの扇で口元を隠し、そばにいる別の女性と言葉を交わす。
マグニヴェラーレが大丈夫だよとでもいうように、手を一度強めに握り、二人は広間の中心へと向かった。
「マグニヴェラーレ様が女性を伴っているだなんて」
「ご家族の方ではありませんよね。どなたかご存じ?」
「初めて見る方ですわ」
「もしや昨日の騒ぎの……」
「あの氷の宮廷魔術師様が……」
「なんと……」「まさか……」
ざわざわ、ざわざわ。
ウニリィの耳にも途切れ途切れの言葉が聞こえてくる。なるほど、ヴェラーレが離れないようにといっていたのはこれか、と彼女は得心する。彼は見目も良く、宮廷魔術師の次席と好物件で、狙っていた女性が多いのだろう。
「あまり気になさいませんよう」
マグニヴェラーレがウニリィに耳打ちする。ウニリィも唇を彼の耳もとに寄せた。それだけで小さな悲鳴が周囲からあがる。
「氷の宮廷魔術師様なんですか?」
「……愛想が悪いという意味ですよ」
憮然と答えるマグニヴェラーレ。そこに、すすす、と一人の令嬢が近寄ってきた。
「マグニヴェラーレ様、ごきげんよう」
「シダーモーヌ嬢、ごきげんよう」
シダーモーヌと呼ばれた令嬢が淑女の礼を取り、マグニヴェラーレはそれに軽く頭を下げて答えた。
「授爵、おめでとうございますわ」
「ええ、ありがとうございます」
彼女はまず、マグニヴェラーレがオーウォシュ子爵となったことのお祝いの言葉を口にした。普通であればもう少ししっかりと称える言葉を口にしなければ無作法であろう。だが彼女はこう口にした。
「お連れの方のお名前を伺ってもよろしくて?」
シダーモーヌ嬢の唇は笑みを描いている。だがその視線はウニリィを射抜くかの如くであった。
ξ˚⊿˚)ξというわけでスライムはお留守番です。
( )そんなー。






