第44話:ちょー気合い入ってやがる。
ξ˚⊿˚)ξ
マグニヴェラーレは公爵家の三男です。
兄1、姉、兄2、マグニヴェラーレ、妹、妹2、弟
の七人兄弟の真ん中で、下の三人には「ちい兄様」と呼ばれているって感じです。
リンギェ以外の兄弟を出す予定はありませんが……。
ウニリィが急いでお風呂に入ってスライムに待っているよう言い聞かせて着替えて化粧してもう一度スライムに待っているよう言い聞かせて……と準備していれば、もう夕方であった。
パカパカカラカラ。
王都邸の前に、騎乗した従者に先導されて一台の馬車が停まる。家紋は入っていないが、造りの良さそうな馬車である。
今日は従者役をすると言っていたサレキッシモが応対に出て、ヒュウと小さく口笛を鳴らした。わかる人間が見れば、この馬車は公爵家のお忍び用の馬車というやつだと。
馬車を先導していた従者がひらりと馬から降りて、サレキッシモに向けて礼をとる。
「マグニヴェラーレ・オーウォシュ子爵がカカオ家のウニリィ嬢をエスコートに参られました」
「お待ちしておりました」
サレキッシモも礼を返す。別の従者が馬車に階段を取り付けると、車中から足がすらりと伸びて、マグニヴェラーレがおりてくる。
サレキッシモはちらりと視線のみを上げて、さっと下げた。
純白のトラウザーズ、華やかなジュストコール。マグニヴェラーレが着ていたのは宮廷魔術師の礼装とは異なる、夜会用の衣装であった。
もしその表情を下から覗き込むものがいれば、サレキッシモが笑って唇を歪めているのが分かったであろう。
ちょー気合い入ってやがる。サレキッシモの心は驚きと期待で満ちた。
「ささ、閣下。どうぞこちらに。お嬢様がお待ちです」
「うむ、ありがとう」
サレキッシモは笑いをこらえながら、マグニヴェラーレを中へと誘う。
応接室で待っていたウニリィはびっくりした。もちろん、クレーザーもサディアー夫人もびっくりしたであろう。
最初に目にしたのは真紅であった。そして芳しい香り。その向こうから落ち着いた声が放たれる。
「ごきげんよう、ウニリィ嬢。この良き宵、美しき貴女にこれを」
それは薔薇の花束であった。コストンカワの庭園の、一番見頃の薔薇を庭師が奮発したのである。今シーズンの園遊会で一番の見世物になるであろうそれを出すことに、公爵家の誰も難色を示さなかった。
「えっ……」
挨拶を返そうとしていたウニリィの動きが固まった。
花言葉などに興味はないウニリィではある。それでも赤い薔薇が意味するものが、『熱烈な愛』であるということは良く知っていた。
だって第一の都市風の物語で、ヒーローたちみんながみんな赤い薔薇抱えて愛の言葉を囁いているのだ。
マグニヴェラーレがウニリィの前に花束を差し出し、ウニリィは赤子を抱えるかのように、そっとそれを受け取った。
「家人たちがみょうっ……!」
マグニヴェラーレの言葉が中途半端に途切れる。『妙に張り切ってしまってな』と続けるつもりであったが、それを彼の従者が背後から突いて止めたのである。
(何をする)
(余計なことをおっしゃいませんよう、奥様方に言いつけられておりますので)
マグニヴェラーレは小声で言うと、従者はしれっとそう返した。
この従者はマグニヴェラーレに幼い頃から仕えているが、母や妹たちに取り込まれているらしい。
彼はさらに抗議しようとしたが、それが発せられることはなかった。
「素敵……」
ウニリィがそう呟いたのだ。彼女は幸せそうな笑みを浮かべ、花束に頬を寄せていた。
マグニヴェラーレはそれを見て、人生で感じたことのない胸のざわめきを覚えた。
「……喜んでくれたようで良かった」
自然とそう言っていた。母や妹たちからは、『この花束より君の方が美しい』とかなんとか言うよう指示されていたが、それは頭から飛んでいる。
「それと、これをつけてくれると嬉しい」
マグニヴェラーレは小さな箱を差し出した。ウニリィの手が塞がっているので、自ら箱を開ければ、白金の髪飾りが収まっていた。薔薇をモチーフにしたもので、小ぶりな宝石が輝いている。
「……そんなものまで」
ウニリィは遠慮するような仕草を見せたが、サディアー夫人がすっと一歩前に出る。
「お預かりいたします」
ウニリィに『いただけません』とは言わせなかった。
彼女はマグニヴェラーレから髪飾りを受け取ると、有無を言わせずウニリィの橙の髪に挿していた飾りをどかし、一番目立つ場所にそれを挿した。
マグニヴェラーレの従者が何も言わずに鏡を恭しく差し出し、ウニリィは鏡に映る自身の姿を見る。薔薇の花束を抱え、白金の髪飾りをあしらった自分の頬は赤く染まっていた。
従者は一礼して後に下がり、マグニヴェラーレが従者に腰を押されて半歩前に。
マグニヴェラーレはウニリィの額のあたりを見下ろすようにしながら言った。
「よく、似合っている」
「ありがとう、ございます」
そう言って固まる二人。
非常に初々しくて良い。サディアー夫人とマグニヴェラーレの従者たちはうんうんと頷いた。
サレキッシモはウニリィの父であるクレーザーの肩を、優しくぽんぽんと叩いてやったのであった。






