第43話:あの興味あるのが杖と魔導書だけの!
執事のアルフレドが行ってしまったので、マグニヴェラーレは手近な従者をつかまえて、ジャケットを預けたりと細々と身の回りのことを任せつつ邸内の部屋に戻る。
独立して普段はここに住んでいないとはいえ、恐るべきことにミドー公爵家はこの王都の一等地で部屋を余らせているのである。
よってマグニヴェラーレの部屋もそのまま使えるように残されているのだった。
従者に洗顔の用意などを言付け、自身はソファーにもたれかかり、タイを緩め卓の上に投げ、フットレストに足を預けてと、一息ついたところである。
「ちい兄様!」
若い女性の言葉と共に、ばん、と部屋の扉が勢いよく開けられた。
マグニヴェラーレは公爵家の三男であり、下には妹が二人と弟が一人いるが、彼らはマグニヴェラーレのことを一番下の兄ということで、ちい兄様と呼ぶのであった。
「……リンギェ、お前ね。いくら兄妹だからって、ノックもなしで入ってくるのは淑女としてどうなんだ」
入ってきたのは上の妹のリンギェである。
マグニヴェラーレはため息をひとつ落とし、妹に苦言を呈した。ジャケットを脱いでタイを締めていない男性の部屋に入ってくるというのは、貴族の令嬢としてはあり得ないことである。
だが彼女は、ずかずかと部屋を横切るとマグニヴェラーレの正面に立ち、ばんと両手で卓を叩いた。
「それどころではないからです!」
「うん、アルフレドから聞いたみたいだが、頼んでいた今夜のパーティーのパートナー。急にキャンセルになってすまなかった」
マグニヴェラーレは頭を下げる。
彼女が今日のためにドレスや装飾品を準備していたのは彼も知っていた。
「そうですけど、そうではありません!」
リンギェは、ばんばんと卓を叩いた。
おお、荒ぶる妹よ。鎮まりたまえ。マグニヴェラーレは祈りを捧げたが、どうも妹は怒っているのではなく、興奮しているようだった。
「ちい兄様が家族以外の女性をエスコートするというのは本当ですか!?」
「う、うむ。と言ってもあれだぞ。新興貴族の令嬢の後援者としてだぞ?」
恋愛とか婚約とかそういう話ではない。彼はそう続けて興奮を宥めようとするが、リンギェは止まらない。
「いえいえいえいえ。快挙も快挙、大快挙ですわ。あの、興味あるのが杖と魔導書だけの、あのちい兄様が! 女性をエスコートするんですよ!?」
流石に言い過ぎだ。マグニヴェラーレが反論しようとしたその時である。
「ヴェラーレ!」
ばん、と音を立てて再び扉が開かれ、恰幅の良い男性が部屋に入ってきた。
「……父上」
入ってきたのは彼の父、レンティヌラ。当代のミドー公爵である。
彼は興奮した様子で部屋を横切り、リンギェの横に立ち、卓に手をついた。
「お前が家族以外の女性をエスコートして、今日の夜会に向かうというのは本当か!」
マグニヴェラーレは再びため息をついた。父と妹は容姿こそあまり似ていないが、その性格や言動はよく似ている。
彼は昨日の謁見から国王との話、今日の釈放の様子などをかいつまんで話して、こう続けた。
「というわけで、謁見の間で罪を犯した新参男爵家の娘ですよ。父上たちが何を期待しているのかはわかりますが、そんなのを婚約者にするのは公爵家としては問題でしょう」
だがレンティヌラは首を横に振り、大きく口を開けて笑ったのである。
「構わん構わん! お前のことだからそのうち杖か魔導書持ってきて、これが婚約者ですと言い出さないか戦々恐々としておったのだ! 人間の女性であるなら何の問題もないぞ!」
確かにマグニヴェラーレの兄、つまり公爵家の嫡男がそういった女性をエスコートするとなったら、父も反対しただろう。家格としても公爵家と新興の男爵家では話にならないし、悪意はないといっても逮捕されたような女性となればなおのことだ。
だが、公爵家を出て、かつ宮廷魔術師として自活している三男であれば何の問題もない。兄の爵位継承に遠慮していた側面もあるとはいえ、浮いた話の一つもないとなれば、後援者としてであっても女性に興味を持っただけでも大いに価値がある話なのだ。
「ヴェラーレさん、話は聞かせていただきました」
「……母上まで」
今度は彼の母、公爵夫人である。彼女は女性使用人らを引き連れて開いたままだった扉から入ってくると、彼に尋ねた。
「その女性が好きなものは?」
「スライムですね」
「ふむ……好きな花や色はありますか?」
「存じません」
「彼女の髪の色は?」
「橙でしたね」
「色の濃さは? それと身長はどれくらいですか?」
彼女はさらにいくつか質問をしたと思うと、控える使用人たちを順に指して言った。
「あなたは植物園に行って頃合いの薔薇をもらってきなさい」
「はい、奥様」
「夫のカフスにオレンジオパールのものがあるはずです。持ってきなさい」
「ヴェラーレの髪色に近い、銀かできれば白金の髪飾りの用意を」
次々に使用人らに指示を出す。
「母上、ですから婚約者では……」
互いの色のものを身につけるのは古くからある婚約者の作法であった。
「いいですか、ヴェラーレ」
「はい」
「完璧にエスコートしてきなさい」
父と妹は力強く同意に頷く。マグニヴェラーレの反論は認められなかった。






