第42話:一大事です!
ウニリィたちはマグニヴェラーレと共に滞在先に戻る。キーシュ公爵家が用意してくれた王都邸にである。
邸で待機していたサディアー夫人も、戻ってきたウニリィを見るなり駆け寄って抱きしめた。
「まあまあ、ご無事で何よりでしたわ!」
「ご心配をおかけしましたー」
ウニリィも夫人のふくよかな体に手を回す。
そして邸の中に入って、夫人が用意してくれていた軽食を口にしつつお茶を飲む。青いスライムは卓の上でふるふると揺れながらウニリィに与えられた肉の切れ端などを消化している。
ともあれ人心地ついたところで、昨日何があったのか、マグニヴェラーレが彼女の後見人となる旨についての説明がなされたのだった。一通り話し終えて、クレーザーが状況を理解したのを確認してからマグニヴェラーレは言葉を続ける。
「それで早速ですが今夜の祝賀会について」
授爵・昇爵の儀、つまり王への謁見であるが、その翌日の夜にはそれを祝うパーティー、夜会が盛大に開かれるのだ。
戦時中ということで規模は例年より劣るかもしれないが、パーティーがなくなることはない。戦争が総力戦という訳ではないのだ。パーティーも開けないようでは敵国や他の国々に舐められるということである。
「私がウニリィ嬢のエスコートをすることになります」
マグニヴェラーレの言葉に一同は頷いた。昨日、ウニリィが逮捕されたのは夜会の参加者の皆が見ているのである。後見人がついて許されたということを示すのは絶対に必要なことであった。
「本来のエスコート役はどなたが?」
マグニヴェラーレはちらりとサレキッシモの方を見たが、彼は首を横に振る。
「私は従者役ですよ。ウニリィさんはお父上と祝賀会に出て行かれる予定でした」
つまり、これだとクレーザーが伴う女性がいなくなるということである。
「わたくしが務めましょう。こんなおばさんでは申し訳ありませんが」
「い、いえ。光栄です。よろしくお願いします」
サディアー夫人が言い、クレーザーが頭を下げた。
マグニヴェラーレは懐から伸びる金の鎖を引いて懐中時計を取り出すと、ちらりと盤面を見る。
「時間がないな。急ぎましょう。私も着替えに戻ります」
謁見は昨日であった。つまり、祝賀会は今夜である。ウニリィが捕まっていたため、本来ならしているはずの準備が全く進んでいないのだ。
全員が椅子から立ち上がる。さっそく準備をと動き出す前に、マグニヴェラーレはクレーザーの前に立ち、ゆっくりとした動作で胸に手を当てて片足を引く。それはこの所作に慣れた、優雅な紳士の礼であった。
「クレーザー・カカオ卿。御家の大切なご令嬢をエスコートする名誉を私にいただけないでしょうか」
「ふ、不肖の娘ですが、よろしくお願いします」
マグニヴェラーレは身を起こし、今度はウニリィの前に跪く。
「ウニリィ嬢。あなたをエスコートさせていただくため、お迎えにあがります。お待ちいただけますか」
「はっ、はい!」
マグニヴェラーレはウニリィの手を掬い上げるようにとり、その指先にそっと唇を寄せた。
ウニリィは自分の顔に、かあっと血が集まるのを感じた。
略式ではあるが、家長にエスコートの許可をとってからエスコートに誘う手順を行ったのである。
マグニヴェラーレは立ち上がり、ウニリィの橙の瞳をじっと見つめてから踵を返そうとする。
「お、お待ちしています! 何か準備すべきものはありますか?」
マグニヴェラーレはふっと笑みを浮かべて卓の上を指差した。
「スライムは置いてきなさい。それだけですよ」
スライムはそんなー、とでも言いたげにふるふる揺れた。
マグニヴェラーレは個人の屋敷を王都チヨディア内に有している。宮廷魔術師や近衛兵となれば、いざという時ただちに駆けつけられるよう、王城の側に家が用意されるのだ。
だが、今日帰ったのは実家であるミドー公爵家の王都邸であった。コストンカワという都内の一等地に、広大な庭園まで有する大邸宅だ。
誰何されることもなく門を通り抜けた彼に、すぐに声がかけられる。
「おかえりなさいませ。マグニヴェラーレ様」
「うむ、アルフレドか」
アルフレドは公爵家の執事の一人であり、マグニヴェラーレの専属である。深く腰を折って礼をとる彼に軽く手をあげ、マグニヴェラーレは足を止めず庭園を歩み、アルフレドは影の如くそれに従う。
「リンギェは?」
「本日の夜会に向けてのご支度中です」
リンギェはマグニヴェラーレの妹である。今回、彼がオーウォシュ子爵位を得て夜会に出席するにあたって、婚約者のいない彼のため、まだ15際で社交界にデビューしたばかりの彼女がパートナーをつとめる予定であったのだ。
「妹には謝罪せねばな」
「……と申しますと?」
アルフレドは尋ねる。
「昨日の謁見の間での騒ぎは知っているか?」
「新興のカカオ男爵家のご令嬢が騒ぎを起こしたとか」
アルフレドはその場にはいなかったが、噂はもう流れている。公爵家の執事ともなれば、それくらいはすでに耳にしているのだ。
だが、マグニヴェラーレがその続きに話すことは当然、彼も初めて聞く話であった。
「私がそのカカオ家のウニリィ嬢の後援者となった。今夜は彼女をエスコートすることとなる」
アルフレドがその言葉を理解するのに、珍しく僅かに時間を要した。そして彼の顔に驚愕が浮かび、それは笑みにと変化した。
このマグニヴェラーレという富と美貌と才を有し、にも関わらず全く女性を寄せ付けることのない、浮いた話の一つもない主が!
この興味が魔法にしか向かない男が!
令嬢の後援者となったと!!
「一大事です!」
アルフレドは叫んだ。
「旦那様! リンギェ様! 大変です! マグニヴェラーレ様が!」
アルフレドが叫びながら庭園を走り、館へと入っていく。いつにない様子に、庭師やメイドたちは唖然とそれを見送ったのだった。






