第41話:はい、冗談でした。申し訳ありません。
マグニヴェラーレは頭を抱える。
「貴女は何を言っているんだ……」
「いや、スライムがそう言って……」
ウニリィは反論した。
ふよふよふよ。
スライムも何か言いたげにふよふよ揺れた。
「スライムが言うはずはないでしょう……待て」
マグニヴェラーレは顔を上げ、まじまじとスライムをみつめ、そしてウニリィをみつめた。
うっわ、顔きれー。ウニリィは思った。
「本当にそこまでの複雑な思考能力をスライムが……?」
「えっと」
マグニヴェラーレが呟き、ウニリィは返事をしようと口を開いたが、彼は手を突き出してそれを止めた、そして黙考しだす。
なんで止めたのかしら。それにしても、まつ毛長っ。ウニリィは思った。
「少々沈黙を。考える時間をください」
ウニリィは頷く。
ふよ。
スライムも小さく揺れて動きを止めた。
これは想像以上の案件かもしれない。マグニヴェラーレは考える。
ウニリィという女性は話していて愚かではないが素直すぎる。そして嘘をつかない……少なくとも、自然に嘘をつけるようには見えない。
それから判断するに、スライムは実際にそういう意図を彼女に伝えているということだ。スライムがマグニヴェラーレの言葉を理解しているのか、テイマーであるウニリィが、通訳のように意思を伝達しているかまではわからない。
だが、このスライムが高度な思考力を有し、ウニリィがそこまで深くスライムと意思伝達ができるとまでは考えた方が良いだろう。
「……これはマズいですね」
マグニヴェラーレは奇妙に片側の唇を持ち上げる表情を浮かべた、そこには困惑と喜びと警戒が混じっていた。研究者でもある彼にとっては嬉しいことであるが、国家という組織がこれを知るのは非常によろしくない。
存在が危険すぎるのだ。彼女たちの能力はスパイとして優秀過ぎる。例えば戦場にスライムを放てば? そんなもの誰も気にはしない。敵軍の情報が筒抜けになるのではないか。そう上手くいくとも思わないが、可能性はあるだろう。そして誰かが思いつけば、彼女はそれを強要されるだろう。
マグニヴェラーレは唇に指を当てる。
ウニリィが小さく頷くのを見て、彼は背後の兵たちに見えないよう、こっそりと腰に提げた魔術師の杖に触れる。そして魔法を発動させた。
『ウニリィさん』
ウニリィの肩がびくりと震える。
意思転送、いわゆるテレパシーと言われる類の魔法である。すごい! これが魔法! とウニリィは感動した。
『私の言葉に話を合わせなさい』
ウニリィはもう一度肩を震わせ、小さくこくりと頷いた。
マグニヴェラーレは言う。
「いや、スライムが話すなんてそんなはずはありませんね、ウニリィさん。冗談を言うのもいい加減にしなさい」
うにょん。
スライムが抗議するように身を捩らせるが、ウニリィはそれを抱きかかえて言った。
「はい。冗談でした。申し訳ありません、マグニヴェラーレさん」
ウニリィは頭を下げる。
書記官がその言葉をさらさらと書き留めていく。なるほど、記録に残したくなかったのか。とウニリィは考えた。
マグニヴェラーレからそれを肯定するような思念が返る。彼は杖からさりげなく手を離し、意識が繋がっている感覚は消えた。
「私が貴女とスライムに求めるのは、研究への協力ですよ。もちろん、危害を加えるようなことはしません」
「はい」
「それと私が後援者として貴女の社交を手伝う代わりに、私の社交にも付き添っていただくことがあるでしょう」
「わかりました」
ウニリィは頷き、マグニヴェラーレはふう、とため息をついた。
「これにて取り調べを終える」
書記がさらさらと書き留め、ペンの動きが止まった。
「お疲れ様です」
こうしてウニリィとスライムは解放されたのであった。
「ウニリィ!」
「ウニリィさん!」
ウニリィが城から出ると、城門の前にはクレーザーとサレキッシモが待っていたのだった。
「お父さん! サレキッシモさん!」
父はウニリィを強く抱きしめた。
「……よかった」
娘が一晩拘束されていたのである。夜は追い返されたが、彼は今日の夜が開けてすぐの早朝から門の前で待っていたのだ。サレキッシモもその付き添いに付き合ってくれていたのだろう。
「心配かけてごめんねぇ」
ウニリィの言葉にクレーザーが離れる。ウニリィの胸元からぴょんとスライムがクレーザーの肩に乗り移った。
「全くだ……お前もな」
クレーザーがわしわしとスライムを撫で、サレキッシモが声をかける。
「うん、無事で何よりでした。それでえっと、そちらの方は……」
クレーザーはウニリィしか目に入っていなかったが、彼女の背後には宮廷魔術師のローブを羽織った男がいるのである。
「私はオーウォシュ子爵、マグニヴェラーレ。今回、ウニリィ嬢を釈放する代わりに彼女の保証人となった者だ」
「これはこれはご迷惑をお掛けして……ありがとうございます」
クレーザーが頭を下げ、マグニヴェラーレはどうして保証人となったかなどの話を始めた。
ヒュウ。とサレキッシモは小さく口笛を吹く。
ウニリィ嬢が大物を捕まえてきたなと。
元々貴族家の令息であったサレキッシモは知っている。マグニヴェラーレがこの国の二大公爵家の一つ、ミドー公爵家の令息であると。
だが、マグニヴェラーレはそれを自分からウニリィたちに伝える気はない様子であった。
ふむ、とサレキッシモは呟く。
「面白そうだし黙ってよっと」






