第40話:えっちなのは良くないと思います!
ウニリィは自分の身体を抱くように、胸の前で腕を交差させた。マグニヴェラーレの視線から身体を隠すように。
「な、なんでもと言いましたが、えっちなのはよくないと思います!」
ウニリィは知っている。なんでもすると言ってしまった女性に性的な関係を強要するのはよくあることだと。
だが、ウニリィがどこでそれを知ったかといえば物語の中である。ウニリィや村の若い女子たちが好んで読む第一の都市風の物語において、よくある展開なのだ。
だが、無論ここは第一の都市の物語ではない。
マグニヴェラーレは、はあぁぁー、と大きなため息をついたのだった。
「貴女ね。釈放するつもりであるとはいえ、形式的にこれは尋問なんだよ。この場の発言は全て公的文書として記録されているんだ。しかもこれは国王陛下も関わる事件でもある。よって何十年もこの文書は保存される」
彼は視線をウニリィから外すことなく、親指で背後を指した。
その先には部屋の片隅、ペンを紙に走らせ続けている男がいる。ウニリィと男の視線があった。男は肯定に頷き、マグニヴェラーレは言葉を続ける。
「それなのに、そんな状況でこの私が、宮廷魔術師団次席たるこの私、マグニヴェラーレがだよ。女性に破廉恥な行為を強要するとでも思っているのかね?」
「も、申し訳ありません!」
ウニリィは青ざめた。
「書記官、読んで差し上げろ」
書記官は紙を指さしながら棒読みで言う。
「ウニリィ嬢曰く、『えっちなのはよくないと思います』」
警備に残っていた衛兵が思わず吹き出した。ウニリィは赤面する。
この発言が何十年も保管され、役人たちが読むと言うのだ。
「消してぇ……」
「ウニリィ嬢曰く、『消してぇ』」
がくり、とウニリィは椅子にくずおれた。
こほん、とマグニヴェラーレは咳払いを一つ。
「発言には気をつけたまえ。こういう場もそうだが、貴族の社交で言質を取られるというのは非常に面倒なのだよ」
平民から貴族に授爵されることや、平民が貴族と結婚して社交界に出るようになることはそれなりにあるが、その大半は商売に成功した商人かその一族である。彼らは元々、貴族社会を知っているが、彼女は違うのだ。マグニヴェラーレはそう認識した。
勲功を挙げた者が貴族となることがないとは言わないが、普通は騎士どまりである。ジョーのように短期間に勲功を重ね、公爵家の姫と結ばれることで、何段階もすっ飛ばして昇爵するようなのは例外中の例外だし、ジョー本人ならその自覚はあっても、その家族であったというだけの彼女たちにその心構えを持っていろというのは酷である。
「……はい」
「まあ、それをフォローするための後見人でもある。ジョーシュトラウム殿とアレクサンドラ嬢が正式に婚約すればそちらからのフォローもあるだろうが、まずは私を頼りなさい」
「はい、ありがとうございます。でもマグ、マグニヴェラーレさんはなぜ私を助けてくれるのでしょうか」
うむ、とマグニヴェラーレは頷く。そういう意味を自分で考えられるのは良いことだ。平民であったとはいっても、決して無学ではないというのは彼にとっても幸いであった。
「ここには政治的な意味合いもあるのだが、それについてはここで語るべき内容ではない。だが、まず勘違いすべきでないのは、後見とは貴女を助けるのと同時に君を監視するという意味だ」
「監視……」
「今日改めて確信したが、貴女の、あるいは貴女のスライムの能力は犯罪行為に有用すぎる」
そもそも王の御前にスライムを持ち込まれただけで大問題なのである。だがウニリィは強く否定する。
「そんな、犯罪なんてしません!」
「何か言いましたか、ウニリィ脱獄囚」
「しますぅ……」
ウニリィはがくりと肩を落とした。
「幸いここまでの短い会話の中でも、魔獣の主たるウニリィ嬢自身が善良かつポンコツと判断できるので、まあ問題ないでしょう。というのが私の判断です」
ポンコツって! ウニリィは憤慨するが、反論されそうなので黙っていた。
「えっと、でも対価はいりますよね。さっきなんでもすると言ってしまいましたが、マグニヴェラーレさんはその……私に何をさせるつもりなのでしょう」
ウニリィの言葉にマグニヴェラーレはウニリィの膝の辺りを指差した。
そこにはさっきウニリィが立ち上がった時にころりと床に落ちたスライムが再び膝の上に登っていた。
ウニリィはスライムを両手で持ち上げて、机の上に置く。
「それだよ、そのスライムだ」
ふよふよ。
スライムが揺れる。
「うちの子になにを」
「ふふ、私は魔術師であり、魔獣の研究もしていてね。対価はスライムに払ってもらおうじゃないか」
うにょーん。
スライムは縦に伸びて捻れるような仕草を見せた。自然界のスライムが決して見せないような仕草である。
「なんの動きだ、これは」
マグニヴェラーレが尋ね、ウニリィは両手で顔を覆った。手の隙間から声が漏れる。
「えっと、スライムは『えっちなのはよくないと思います』と……」






