第4話:イカヤキ男爵令嬢
だが騎士は笑みを浮かべてゆっくりと否定に首を振ったのである。
「いや、ジョーシュトラウム卿こと、エバラン村のジョー殿は先の戦で勲功一等となる大戦果をあげた上に、相手方に囚われていた公爵家の姫を救出されたのだ」
「……は?」
ウニリィの頭は真っ白になった。騎士の言葉は続く。
「ジョーシュトラウム卿は陛下より伯爵位を賜り、件の姫を娶られることとなった。あー……それでだな」
騎士は言いづらそうに咳払いを一つ。
「その英雄とも言える御方の出自が問題となってな。なんというか、その、平民であるということだと体裁が悪いとなったのだ」
「ていさい」
ウニリィはおうむ返しに言葉を放った。騎士は続ける。
「私などは民あっての貴族、民あっての国であると思うが、流石に相手方の地位が高すぎるというのもまた事実。そこで、貴族会議はジョーシュトラウム卿のお父上を貴族に叙することとなったのだ」
「……父を」
「うむ」
「……貴族に」
「そうだ。ジョーシュトラウム卿はまず騎士に、ついでカカオ男爵位に叙されたが、新たに伯爵となるので、そのカカオ男爵の位を父に差し上げると」
「かかお?」
騎士は従者から、くるくると巻かれて封蝋のされた羊皮紙を受け取ると、それをクレーザーに渡そうとし……ぶるぶると震えているのでウニリィに渡した。
「これがその証書となる。大事に保管なされると良い。ウニリィ・カカオ男爵令嬢」
ウニリィと父はぶったまげ、並んで仲良く後ろに倒れたのだった。
さて、立派な騎士はナンディオ・ノヒトー卿と名乗り、しばらくの間エバラン村の村長邸に滞在することとなる。そしてカカオ男爵家となったクレーザーとウニリィに貴族としての話や、兄ジョーについての話を伝えるのであった。
「ノヒトー卿」
「ええ、ですがナンディオで良いですよ」
ウニリィは貴族令嬢になったらしい。よもや立派な騎士様を呼び捨てにして良いと言われるとは思わず、眉をきゅっとさせた。
「では、えーと。ナンディオさんは兄とはどういった関係で」
「彼の部下の一人ですよ」
なんとまあ、兄はこんな立派な騎士様を配下としているらしい。
「ではその、カカオ男爵……カカオってなんでしょうか?」
ナンディオは眉をきゅっとさせた。
「以前、ジョーシュトラウム卿が公爵家の姫君をお助けし、感謝の茶を振る舞われたのですが……」
「はぁ」
ナンディオは関係なさそうな話を始め、ウニリィは生返事をする。
「その際に供されました茶菓子であるところの、チョコレートケーキに大変感激なさり……」
「はぁ、チョコレートケーキ」
ウニリィの知らぬ、なにかすごそうな菓子である。
「ちょうどそれは彼が授爵するという頃合いでした。家名を決めるとなったときにチョコレートケーキが良い! と強く主張なさったのです」
「えー……」
我が兄ながら頭おかしい。何年も会っていないが、そこは変わっていないようでもある。
「流石に家名としては不自然にすぎるので、我々も説得し、せめてその原料であるところのカカオで妥協してもらったのです」
そしてそれはつまり、ウニリィ・チョコレートケーキ男爵令嬢となる可能性があったということでもある。もしイカ焼きに感動していたらウニリィ・イカヤキ男爵令嬢だったのかもしれない。ウニリィはぶるりと身を震わせた。
「よくぞ説得してくださいました……」
ウニリィは深く感謝を捧げた。
「ジョーシュトラウム卿の突飛な言動には慣れておりますので……」
「ほんと兄がすいません」
彼もまた苦労人であるようだった。
兄ジョーが村を出てからの話を聞くが、どうにも現実離れした英雄譚を聞いているようである。だが、その話の端々やナンディオが口ごもったようなところから、ジョーがいかに常識のない行為をしたかが察せられるのであった。
「ずいぶんとご迷惑をおかけしたようですね」
「いえ……いや、はい」
否定すらできないようである。しかしナンディオは続けた。
「ですが、そのジョーシュトラウム卿の貴族や騎士には持ちえぬ価値観によって救われた者も多いのですよ」
ウニリィは頬に手をやった。
あの棒振りばかりしていた兄が讃えられるというのは、誇らしさというよりはなぜか羞恥心が刺激されるのである。思わず悪態をついた。
「功績などあってその、ジョーシュトラウムだかなんだかというご大層な名前を貰っているようですが、ただのジョーで十分ですわ」
うむ、と父クレーザーも笑みを浮かべて頷いた。ジョーの話を聞いているうちにやっと震えもおさまったらしい。
男爵となるクレーザーが再起動したのを見て、ナンディオは彼に実務的な話を向ける。
「クレーザー殿は男爵とはいえ、領地があるわけではありませんが、王国から年金が出ます。またジョーシュトラウム卿……ジョー殿から資金も預かっております。王都にお住まいを移されてはいかがでしょうか」
どうやら兄はかなりの大金を手に入れ、それを父や妹に与える気があるらしかった。ちなみにここでウニリィや父クレーザーが思う大金とは、王都に一軒家を用意してくれる程度の大金である。
とんでもない。
ジョーは公爵家の姫君を娶れるほどの財をなしているのだ。王都に家を百軒ほど用意しても余るほどの大金であり、将来それを知ったウニリィたちはひっくり返ることになるのである。
ξ˚⊿˚)ξこの作品の登場人物は実在の人物とは関係ありません、的な念押し。
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