第38話:先立つ不幸をお許しください……
昨日の謁見の間である。国王が去った後、ウニリィは衛兵たちに囲まれていた。ウニリィの正面に立つ、彼らのリーダーらしき男が言う。
「あー……お嬢さん。抵抗はしないこと」
「はい」
「スライムは……とりあえず持ったままで良いから着いてきなさい」
「はい」
ウニリィが諾と頷くと、横から叫び声が上がる。
「ウニリィ!」
クレーザーである。だが彼は衛兵たちに取り押さえられた。
「お父さん、ごめんね」
ウニリィはそう言って、衛兵に囲まれて謁見の間を後にした。
王城の使用人や兵士たちが通るための、あまり煌びやかな装飾のなく狭い通路を抜けて、ウニリィは塔に連れてこられる。
「ここが貴族牢だが、塔に入る前に武装などを解除させてもらうしきたりだ。スライムはここで置いていってもらおう」
「はい」
ウニリィは手にしたスライムに声をかける。
「ここでお別れしなさいだって」
ふるふる。
兵士の一人が箱を持ち上げ、ここに入れるようにと指示をする。
「ごめんね」
ウニリィは頬擦りするように別れを惜しみ、スライムを箱の中に誘った。
のそのそとウニリィの手から箱の中にスライムが移動する。兵士たちはウニリィもスライムも素直に指示に従ったことに安堵する。
にゅるーん。
だが、ウニリィだけは気がついていた。
スライムが体内の核だけを端っこによせていることを。
にゅーん……ぽとり。
スライムの体。ゼリー部分だけを箱に移動させ、スライムの重要器官である核はこっそりウニリィのドレスの袖口から内側に入っていったのだ。
「うひぃ」
ウニリィは冷やっこくて思わず変な声を上げた。
「ん?」
「い、いえ。スライムと離れるのが悲しくて」
「……そうか。特に問題行動を起こさなければ、このスライムを害することはない」
「はい、ありがとうございます」
こうしてウニリィは牢に入れられたのである。スライムと一緒に。
立派な部屋である。ベッドもクローゼットも完備されているし、床には絨毯も敷かれている。牢屋というよりは貴人を幽閉するための部屋だ。高位の貴族にとってはこれでも不満を言うかもしれないが、ウニリィにとっては今住んでいる家よりもずっと快適である。
「よいしょ」
ウニリィがベッドに腰掛ければ、スライムがにゅるんと袖から姿を見せた。体積は小さくなってしまったが元気なようだ。
ふふ、とウニリィの顔には笑みが浮かぶ。
さて、謁見には長くの時間がかかり、こうした騒動のうちにもう夕方であった。
しばらくすると扉がノックされた。ウニリィはスライムをベッドに隠す。
「食事だ」
先ほどの衛兵とは服装が違うので牢番だろうか。男が食事の載った盆を持ってやってきたのだった。
「ありがとうございます」
ウニリィのその言葉に男は答えない。
「……あの、私どうなるんでしょう」
ウニリィがそう問うと男はニヤリと笑った。
「そりゃお嬢ちゃん、王様の前に危険な魔獣を持ち込んだとなったら死刑に決まってるだろ」
ウニリィはびくりと身を震わせた。
「ははは、それじゃあな」
男はそう笑って立ち去っていった。
「ああ、ごめんねお父さん、お兄ちゃん、スライムたち。先立つ不幸をお許しください」
ウニリィはそう嘆く。
ぐー。
それに答えるように腹がなった。
目の前には男が持ってきた料理。
塔の上まで持ってくる間に、すこし冷めてはいるかもしれないが、柔らかそうな白パンに琥珀色の透き通ったスープ、ミートローフにサラダ、デザートのスイーツと果物まで。
それは立派なごちそうであった。
「ううっ……」
ウニリィは涙をこぼしながら卓につく。
そしてナイフとフォークをとってミートローフを口に運んだ。
「おいしい……おいしい……」
彼女は聞いたことがある。処刑前の囚人には最後の晩餐として豪華な食事が供されると。この豪華な食事はそれに違いない。
ウニリィは勘違いしている。
ここは貴族用の牢である。出される食事が平民用の、いわゆる臭いメシであるはずがないのだ。
さらに言えば今日のウニリィはドレスを着るために食事も制限されていて非常に空腹であった。それもあって肉もスープも胃に染み渡るように美味に感じているのだ。
つまり、男にからかわれていることに気づかなかった。ウニリィは泣きながら食事をぺろりと平らげると、疲労と緊張からそのまま眠ってしまった。
翌朝である。早朝に目を覚ましたウニリィは、枕元にいたスライムにこう言った。
「どうせ処刑されるなら逃げるしかないと思うの」
ふるふる。
スライムが震え、ウニリィは頷きを返す。スライムはウニリィを応援しているようだ。
「じゃあさっそく……」
ウニリィは扉に近づいた。鍵穴の前にスライムを近づける。
「……あなた、この中に入れる?」
ふるふる。
スライムは頷くように揺れたかと思うと、にゅるんと体を伸ばして鍵穴の中に埋まっていく。
「そうそう、隙間を埋めるようにして……そう硬くなって……いいわ……」
ウニリィがスライムを回すと鍵がガチャリと音を立てた。
スライムすごい。そう思いながらそっと扉を開けると……。
目の前には上等な服があった。男性の貴族服に見えるが、ローブを羽織っている。ウニリィは知らないが宮廷魔術師の装いであった。それを着ているのはすらりとした男性で、見上げれば、銀に輝く髪の下に端正な顔立ちがある。それは驚愕のため、僅かに口を開いていた。
「あっ」
「……確保」
男性の大きな手がウニリィの手首を掴む。ウニリィの脱走は二秒で終わった。






