第36話:初邂逅1
マグニヴェラーレ卿は若くして宮廷魔術師の次席にまで至った俊英である。
彼はイェッドニア王国の二大公爵家の一つ、ミドー公爵家の三男である。難関の魔術学校に入学した時も、宮廷魔術師となった時も、その家柄のおかげであろうと陰口を叩かれ続けてきた。
だがそれを魔術の腕前で黙らせてきたのがマグニヴェラーレという男である。魔術学校は主席で卒業し、まだ二十代半ばで宮廷魔術師の副長にまで駆け上がったのだから。
そんな彼は公爵家を継ぐ立場にはない、気楽な三男である。だが万が一のお家騒動を防ぐために、色々と気を使っているのである。
例えば幼い頃の彼は神童と呼ばれていた。兄たちが劣っているというわけではないが、マグニヴェラーレを後継者として担ぎ出そうとする者があらわれた。それ故、政治の世界とは距離を置いて魔術師となったのだ。
また彼は容姿端麗であるが、浮いた話の一つもなければ、婚約者もいない。これもお家騒動を防ぐための手段の一つであった。
彼にとって幸いだったのは、マグニヴェラーレ自身が政治よりも魔術そのものや魔術・魔獣・魔道具といったものの研究に興味が強かったこと。そして長兄の長男が今年五歳となり、お披露目をしたことで彼が後継となる可能性がほぼ潰えたことである。
「ふう、退屈なものだな」
「……次席、お静かに」
マグニヴェラーレが呟き、背後に控えていた彼の副官であるシークラーがそっと嗜める。
今日は秋の授爵の式典、ここは謁見の間である。
ミドー公爵家ともなれば子爵位や男爵位などをいくつも有しているのだが、それらの一つ、オーウォシュ子爵を襲爵するために彼も式典に参加しているのであった。
オーウォシュ子爵位は、ミドー公爵家の後継でない子に一代限りで与えられる爵位であった。マグニヴェラーレ自身、宮廷魔術師となった時に貴族に相当する立場が与えられているし、別に爵位が欲しいわけではない。だが、魔術の研究はとかく金がかかる。子爵位に付随して与えられる貴族年金は魅力的であるのだ。あるのだが……。
「ふぁ……」
この式典の退屈さはなんとかならんものか。マグニヴァーレが欠伸を噛み殺していると、シークラー副官が声をかける。
「もうすぐ終わりますから」
「うむ」
今、式典は新興の男爵の授爵だ。確かに式典の終盤である。王城に足を踏み入れるのが初めての者たちがガチガチになって陛下に礼をとるのを眺めているだけの作業だ。
退屈なのに加え、容姿に優れている彼には、女たちから送られてくる秋波も鬱陶しいだけの時間である。
だが事件はおきたのだった。
「隣の女、汝はクレーザーの娘であるか」
ファミンアーリ王が式進行にない言葉を発したのだ。
マグニヴェラーレは副官に尋ねる。
「……誰だ?」
「カカオ男爵令嬢、あれです。ジョーシュトラウム卿の妹御ですね」
「ふむ……」
ジョーシュトラウム卿とは一度言葉を交わしたことがある程度であり、向こうがこちらを覚えているかはわからないが、印象に残る人物であった。
まあ、貴族の社交場に英雄として突如参加させられた平民である。印象に残るのは当然であるが。
粗野であり、それを嫌う者も多いが、マグニヴェラーレにとっては悪い印象はない。それこそ礼法が未熟なのは当たり前であって、その気質は良い男であった。
ともあれ今ウニリィと名乗っていた彼女は英雄の妹ではあるが、彼女自身は武人ではない様子だ。そして平民であったにしてはドレス姿も様になっている。
「汝の兄が、汝のことをスライムの申し子と言っていたのでな」
ほう、とマグニヴェラーレは関心を覚える。
あの剣の申し子がスライムの申し子ということもそうだし、スライム製品は魔道具においても扱われるが、それを専門に扱うテイマーというものはいないためだ。
だが、その先の展開は誰もが予想だにし得ないものだった。
「戻って」
青玉のようなものを手のひらにのせた彼女がそう言うと、広間の空気が乾燥する。
「……っ!」
マグニヴェラーレは儀仗を抜いた。そこに魔力を感知したためである。王の前に不可視の障壁の魔術をかけ、さらに次の魔術を待機させて構える。
青玉はみるみると膨れ上がり、ウニリィの手の上でカガミモツィのような大きさに膨れ上がって揺れたのだった。
ふるふる。
「なんと……」
それはスライムであった。スライムは粘体の体で、確かに変形は可能である。だが、ただのスライムにそんな体積を大きく変えるほどの能力があろうはずはない。水分を操作し、水属性の魔力を発していたことから、ウォーターエレメントスライムか、さらにその上位種であることは間違いなかった。
「えっと、こちらをどうぞ?」
ふるふる。
どうぞではないし、揺れている場合でもないぞ。とマグニヴェラーレは思う。何やっているのかわかっているのか娘!
「ははは、面白い、面白い余興であったぞ。……そして面白い女であるな」
王は笑いながら立ち上がって丁寧にも説明する。
「王の前に魔獣を連れてくれば、どうなるか考えるべきであったな」
そして彼は広間から去った。
「え?」
きょとんとする彼女に、衛兵たちが駆け寄って、首元に槍を突きつけるのであった。
「ふっ」
マグニヴェラーレの顔に笑みが浮かぶ。
副官はぎょっとした。何事も卒なくこなし、常に退屈そうな彼が、社交用でない笑みを浮かべるのは極めて珍しいことであるからだ。
「ははは」
彼は杖を懐にしまい、シークラーに告げた。
「急ぎ、王に謁見してくる。うっかり彼女が処刑されんうちにな」
ξ˚⊿˚)ξヒーロー登場(クソ遅い)






