第35話:ええっ!?
「うううう、ウニリィと申します」
王の言葉に返答するウニリィの声が震える。
「うむ」
と、ファミンアーリ王は鷹揚に頷いた。
周囲の貴族や役人たちに、かすかなざわめきが広がる。王が式典の予定にない言葉を発すること自体が珍しいことであり、さらに男爵令嬢に声がけすることなど本来はあり得ないことだからだ。
王の視線がウニリィの頭からつま先までをゆっくりと往復し、王は再び言葉を発する。
「汝の兄が、汝のことをスライムの申し子と言っていたのでな」
ジョー! ウニリィは内心で叫び声を上げる。
何を余計なことを言っているのか!
実際、ジョーは授爵もしているし、戦争で活躍したのであれば、勲章などを陛下から直々に授かる機会もあったのだろう。それはわかるが、なぜ妹のことなど話題にしているのか。そして話題にしたならしたと、こちらに言っておけ。ウニリィは心の中でジョーを締め上げた。
「あ、兄がそのようなことを……」
「汝の兄だけではない。テイマーギルドからも、おそらくスライムに関して最高位のテイマーである虞があると。そう報告が上がっている」
マサクィさん! あなたまで余計なことを!
ウニリィは心の中でマサクィも締め上げる。
とはいえ、マサクィとしてはギルドに仕事の報告をするのは当然であるし、彼の所属するコマプレースのギルド支部としても、本部に業務内容を共有するのは当然である。
だが、それを王が知っているというのは、普通であればありえないことだ。
この時のウニリィたちは気づかなかったが、ファミンアーリ王自身がジョーの生まれ故郷や家族について調査するよう命じていたということである。つまり、最初から目をつけられていたのだ。
「そ、そんな。最高など恐れ多いことでございます」
ウニリィは否定するが、王はゆっくりと首を横に振った。
「汝の価値は言葉ではなく、スライムを示すことでわかるものであろう」
王はいずれ彼女がテイムしたスライム自身の能力か、それをクレーザーが加工したスライム製品の質で世に示せと伝えるつもりであった。
王としてもカカオ家がジョーの家族というだけではなく、彼ら自身にも価値があると示すのは意義あることであり、それゆえのリップサービスである。サービスであるのだが……それを平民である彼女に受け止めろというのは酷であろう。
つまりウニリィは非常に緊張していた。それはもうとてもとてもテンパっていたということだ。
よってウニリィはそれを言葉通りに受け取った。スライムを示せと。
「……でてきて」
ウニリィの胸元、ネックレスのあたりから青いものが僅かに溢れる。それはウニリィの胸の上で小さな青いビー玉のような形をとった。
ウニリィはそれを手のひらの上に載せる。
「……む?」
王がよく見ようと玉座の上で身を乗り出す。
それはサファイアかなにかのように煌めいていた。だがその光は部屋の明かりを反射しているのではなく、自らが魔力の属性の光を放っているのである。
「お、おい」
クレーザーが慌ててウニリィの肘をつつくが、もうウニリィも訳がわからなくなっていたのだ。
ふわふわした頭でスライムに命令をだす。
「戻って」
部屋の空気が乾いた気がした。
ビー玉のようなものはみるみると膨れ上がり、ウニリィの手の上でカガミモツィのような大きさに膨れ上がった。
ふるふる。
それは水属性のエレメントスライムであった。
ウニリィは各属性のエレメントスライムの能力を検証する中で、水属性のスライムが自身の体の水分量を調節して体の大きさを変えられることを発見したのだ。そして体の水分を極限まで減らすことで、その大きさをビー玉くらいにまで小さくできることも。
今、スライムは空気中の水分を急速に吸収することで、その大きさを戻したのであった。
ウニリィは乾いた唇を小さく舐めて、スライムを差し出した。
「えっと、こちらをどうぞ?」
ふるふる。
青いスライムがウニリィの手の中で揺れていた。
誰もが呆然とウニリィとその手の上のものをみつめた。静まってしまった広間にウニリィは居た堪れなくなって言葉を続ける。
「お、お納めください?」
ふるふる。
ええっ!? とスライムが抗議するように揺れた。お土産にされては困るとでも言いたげだった。
静寂が続く謁見の間に、王の笑い声が響く。
「ははは、面白い、面白い余興であったぞ。……そして面白い女であるな」
王は玉座の肘掛けを笑いながら何度か叩き、そして立ち上がった。
「ウニリィと言ったな」
「は、はい」
「王の前に魔獣を連れてくれば、どうなるか考えるべきであったな」
王が踵を返し、謁見の間の背後の扉、王族しか使えない通路に向かう。
「え?」
衛兵たちが駆け寄ってきて、ウニリィの首元に槍を突きつけた。
「ええ?」
ウニリィは投獄された。
ξ˚⊿˚)ξ【悲報】ヒロイン投獄される。






