第34話:ちゅくすことを誓います。
「ほらほらお父さん、しっかりして」
「ん……、あ、ああ」
ウニリィがクレーザーの身体をゆさゆさと揺すって意識を取り戻させる。
「もー、今から緊張してどうするのよ」
授爵の連絡があっただけで気をやっていてどうするというのだとウニリィは言う。
貴族の授爵、昇爵の儀式を王の御前で執り行うのは、この国では年に2回、春と秋のはじめであると定められている。今は戦時中ではあるが、総力戦というほどでもなく、国事は通常通り行われるということだ。
季節は夏、秋の授爵はもうすぐである。
「……そうは言うがな。緊張もするさ」
平民にとって国王に謁見する機会など生涯に一度もないのであって、クレーザーの緊張も当然といえば当然である。
あまり動じていないウニリィや、公爵家の令嬢を娶ろうとするジョーの方が肝が座りすぎているというものかもしれない。
ともあれ夏の盛りは慌ただしく過ぎた。日々をスライムの飼育と礼儀作法やダンスに刺繍といった貴族としての教養を学習しているうちに、朝晩に僅かに涼しい風が吹くようになり立秋の頃を迎える。
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃい!」
ふるふるふるふるふるふる。
セーヴンやマサクィ、そしてたくさんの赤黄色緑のスライムたちに見送られ、公爵家から貸与された立派な馬車に乗ってクレーザーとウニリィはエバラン村を出発した。
サレキッシモとサディアー夫人も一緒である。
一行は王都にあるキーシュ公爵が有する王都邸の一つに滞在した。公爵が使うわけではなく、派閥の者が急に王都に滞在をする必要がある時などに使うものである。
そんなところであるが決して狭くはなく、瀟洒でありながら快適なつくりであった。
「さすがは公爵家だね」
サレキッシモは勝手にワインセラーを漁って瓶を一本拝借しているが、ウニリィたちには余裕がない。明日の謁見にむけて礼儀作法の復習をすれば、時間はすぐに過ぎた。
さて、王城は謁見の間である。
広間の最奥、段が高くなったところに玉座があり、そこに座るのはイェッドニア王国は十一代国王ファミンアーリ。
先王が崩御してまだ若き日に王となったため、まだ二十歳の若き王である。
クレーザーとウニリィは朝早くから用意した衣装を着込んで登城し、控えの間でじっと番を待つ。
男爵とは貴族であっても最も下位の役職である。最初に集められても謁見の順番は最後なのだ。ひたすらに待つ時間が続く。
「うぅ……」
ときおりクレーザーは緊張で胃を押さえる。
「うぅ……」
ときおりウニリィは空腹で胃を押さえる。
軽食の用意はあると言われているが、ドレスで食事など食べられやしないのだ。コルセットを絞っているのもあるが、万が一こぼして衣装に染みでも作ったら謁見どころではない。
「大丈夫ですよ、とって食われやしませんし、衣装だって良く似合っておいでだ」
今日は従者のふりをしてついてきてくれたサレキッシモがそう声をかける。
「まぁ、うん。はい」
実際、ウニリィは自分でもドレスは似合っていると思わないでもない。他の女性たちと比べても、ちょっといけてるんじゃないかと思うくらいである。さすがはスリーコッシュ、さすがは公爵家御用達の仕立屋さんだと感心もしているのだ。
「クレーザー氏、次です」
役人が声をかけた。サレキッシモが「いってらっしゃい」と笑みを浮かべ、クレーザーがぷるぷると右手を前に出し、ウニリィがその手をとって歩き出した。
「いってきます」
本来であれば謁見に妻を伴うものであるが、クレーザーは妻と死別していて再婚もしていない。よってウニリィを伴って謁見に臨むのだ。
本来であればウニリィは社交界デビューも済ませていない令嬢である。王の前に立つ資格はない。ただ、彼女は年齢的には社交界に出ていておかしくない年齢でもあるので、特例として登城が認められている。
これは特例とはいっても、平民上がりで貴族となった場合などにはしばしば起こることでもあった。それはそうである。仮にウニリィの母が存命であったとしても、彼女だって平民であり、デビュタントはしていないのだから。
「クレーザー・カカオ!」
役人がクレーザーの名を高らかに呼んだ。
「はっ」
クレーザーとウニリィは謁見の間に入り、赤い絨毯の上をゆっくりと進む。
王の尊顔を直視しないように伏目がちに前へ。
まあ、謁見といっても授爵、昇爵を受ける大勢の中の一人であり、特に男爵など貴族の中では最も下の位である。定められた通りの口上を述べてすぐ次の者が同じことをする流れ作業だ。
指定の位置まで進んで止まったクレーザーに、張りのある声で王が声をかける。
「クレーザー・カカオ、汝を男爵に任ずる」
「はっ、我が身、王国がため、陛下がためにちゅくすことを誓います」
噛んでるし……。ウニリィは思う。
クレーザーは片手を胸に当て、逆の手を横に広げて片足を引きながら頭を下げる。たくさん練習した紳士の礼である。
「うむ、励めよ」
王はそう答える。この一連の流れが授爵の儀式であった。この後、王の側付きの役人に『下がってよし』と言われれば、謁見の間を後にするだけだ。
まあ、父もそんなにひどく噛んだ訳ではないし、授爵の儀式は成功じゃないかなとウニリィは考える。よかったよかった、そう安堵したのがまずかったのか。
「隣の女、汝はクレーザーの娘であるか」
王が筋書きにない言葉を発した。
「ひゃい」
ウニリィは噛んだ。






