第32話:ちょーやぶへびだったわぁ。
「検閲と言っても、公爵家の出す手紙までされるものですか?」
「ふつうであればされませんが、戦時中ですしな。間諜がいる可能性もありますし、ジョー殿があえて軍部に公開しているかもしれません」
「どうにもあの兄がそんな気配りをするとも思えないのですが……」
ウニリィが思う兄の姿、それは常に棒と共にある。いつでもぶんぶんぶんと棒を振っていた姿と、ナンディオの言うそれは結びつかないのであった。
「能ある鷹が爪を隠していたのか、ジョー殿が成長されているのかはわかりかねますが、今のジョー殿はそれが求められる立場であるということです」
ナンディオとウニリィの会話に、サレキッシモが言葉をはさむ。
「彼は僕たちが歌うような英雄だよ」
「むーん……」
そういってリュートを軽く鳴らす。ナンディオが頷き、ウニリィは唸った。
そう、彼は英雄であるのだ。民からは注目されると同時に、貴族や軍閥からは警戒もされているということだろう。
「キーシュ公爵家は国一番の貴族ですが、軍閥を掌握しているわけではないですからな。ともあれ、私もじきにここを離れねばなりません」
「……そうですよね。残念ですけども」
「サレキッシモ」
「なにかね?」
「あなたはどうするのだ」
ナンディオは尋ねる。サレキッシモはリュートを撫でながら「ふむ、そうだねぇ……」と呟く。
サレキッシモはエバラン村に滞在し、ウニリィたちやその他の村民たちと交流し、ジョーが村を出るまでの話を収集していた。それをもとに詩作をしていたのである。
「まあ、この村周辺で仕入れられるネタは一通り集まった気がするね」
彼はたまにスナリヴァの街に出て、話を仕入れたり歌って金を稼いだりもしていたが、それもひと段落したということだ。
「ジョー殿の話を仕入れに戦場までくるかね?」
「さすがにそれは吟遊詩人の本分ではないね」
「であれば、給金は払うので、クレーザー殿とウニリィ殿に作法を教えてやってはくれないか?」
「ふむ? 僕にかね?」
サレキッシモがわざとらしく首を傾げる。
「君なら礼儀作法を教えられるだろう」
「まあ、ダンスの練習相手くらいなら承ろうじゃないか」
サレキッシモは元々は貴族の令息であるから礼儀作法にも詳しい。それもあるがナンディオとしては、ジョーのここでの話を歌うのはもう少し先の話にしてほしいのだ。それ故に村に留め置くという意図もあった。
サレキッシモはそれがわかっているので、おとなしく雇われることを決めた。
ウニリィは呟く。
「戦場に行かれてしまうのですか……」
「警備のための兵は今後もここに置いておきますのでご安心を」
ウニリィは首を横に振る。
「心配なのは私たちの安全じゃなくて、戦いに出るナンディオさんですわ」
そして顔を逸らして付け加える。
「……それと一応は兄も」
ナンディオはウニリィの前に跪く。
「ウニリィさんのお心、ありがたく。そのしるしとして、刺繍をお守りにいただけませんか」
「し、し、刺繍……!?」
「あら、素敵ですわね」
話に入ってきたのは家庭教師のサディアー夫人である。
「貴族令嬢に刺繍の嗜みは必須。愛するものの安全を祈って針を刺すのですよ」
「そそそ、そんな経験はなくてですね」
「なにも難しいことをやれというのではありませんわ。名前と、簡単な幸運を祈る図案を入れたハンカチでも用意すれば良いのです」
「え、いや」
「もちろんお教えしますわ」
ナンディオはにっこりと笑みを浮かべた。
「よろしくお願いしますね」
ウニリィはがくりと頭を垂れるように頷いた。
「がんばりますぅ……」
というわけで、ナンディオが出立するまでの間にウニリィは彼とジョーのためにハンカチにはじめての刺繍をすることになったのである。
「ちょーやぶへびだったわぁ……」
ちくちくちくちく。
さて、刺繍が完成しそれを手にナンディオが出立した後、ウニリィとクレーザーはスライムの仕事をしながらもサディアー夫人とサレキッシモに貴族の礼儀作法を叩き込まれた。
そして彼らからある程度の及第点をもらった頃、キーシュ公爵家から釣り書きが届くようになった。ウニリィの婚約者候補が描かれたものである。
公爵家の派閥の末端や中立派の男爵、子爵家の令息のもので、ウニリィは彼らとの見合いに挑むこととなる。
……だが、その結果は知っての通り、散々なものであった。
婚約話が持ち上がって実際にエバラン村まで来た令息やその親たちからはすぐにこういう手紙が届くのだ。
『残念ながら……』
『ご期待には沿いかねず……』
『婚約は見送らせて……』
『辞退させていただきたく……』
『今回はご縁がなかったということで……』
そして手紙はどれもこう締めくくられるのだった。
『……カカオ家の発展を遠方よりお祈りしております』
『……ウニリィ殿の幸いをお祈り申し上げます』
「私が探してるのは婚約者であって、拝み屋じゃないのよ!」
ウニリィは手紙を叩きつけて吠えたのだった。






