第31話:なんなのよもー
それからしばらくの月日が経った。
スライムたちはエレメントスライムに進化したが、ウニリィの指示にはよく従う。マサクィやその後輩のテイマーたち、セーヴンに任せてもおとなしいもので、問題はおきなかった。ちなみにあれからその上の騎士級、将軍級、王級には進化させてはいない。
「進化させるとおなかすくみたいだしね」
ふるふる。
というのがウニリィとスライムの言である。そんな理由でいいのかとマサクィたちは思わないでもなかったが、彼らにしても飼育の危険度が上がるのは困るのでそこに関しては何も言わない。
エレメントスライムたちの能力については非常に慎重に検査が行われた。慎重だったのは、ウニリィのパンツが見られた件により、とても警戒していたからである。
少なくとも勝手に能力を使わないよう、スライムたちはきつく言い聞かせられたようだった。
スライムに関して大変だったのはクレーザーであろう。
「……いや、まいったなこりゃ」
これが口癖になるほどである。
クレーザーとしてもスライムを進化させる気は昔からあったのだ。ただ、準備もなしに全ての個体が進化するとは当然想像もしてなかった。
スライムが進化したということはスライム製品の質も作り方も変わってくるということである。特にエレメントスライムとなってスライムが四種類に分岐したこともあり、その検証の負担は四倍であった。
「大丈夫ですかね」
「あれで楽しんでるから大丈夫よ」
ナンディオは心配したが、ウニリィは気楽に返した。
そういえば、ジョーはスライムの申し子と言っていたのはウニリィだけではなく父もだったなとナンディオは思い出す。テイマーと職人と、その方向性は違えどもその熱量は変わらないのかと。
実際、『まいったな』と言いながらクレーザーは笑っているのである。
「まいったな……」
「これはキツイわ……」
一方で、この二人が本当にまいっていることがある。
「はい、カカオ男爵! カカオ男爵令嬢! まだ終わってませんことよ!」
「うへぇ」
「うひぃ」
女性の鋭い声に二人は曲がっていた背中をぴしりと伸ばした。
これは彼らが王都から戻って一週間ほどしたころに遡る。エバラン村に立派な四頭だての馬車を先頭とした隊列がやってきたのだ。
やってきたのは公爵家の執事で、燕尾服の着こなしには一分の隙もない。ナンディオがきた時よりさらに場違いであった。
「キーシュ公爵家は末の姫、アレクサンドラ様の専属執事、セバスチャンと申します。カカオ卿にお目もじ叶いましたこと、まこと光栄にございます」
そう言って紳士の礼をとった彼は、従者から手紙の載った銀の盆を受け取ると、恭しくクレーザーに差し出した。それはキーシュ公爵家アレクサンドラ姫からのもので、クレーザーはぶったまげたのだった。
「姫からのお手紙ですが、ただちの返信は不要にございます。ナンディオ卿が出立なさる際に言付けていただきますよう」
そしてスリーコッシュで仕立てたドレスや服に装飾品、それ以外にも姫からたくさんの贈り物が届けられたのだった。
「それと、こちらでございます」
それは革張りの分厚い本であった。この村の娘たちが読む第一の都市風の安っぽいつくりの書籍とは全く違うもので、受け取ったウニリィはずっしりと重さを感じた。
「えーと、きぞくのれいほー、れいじょーのまなーたいぜん、きぞくめーかん……」
『貴族の礼法』『令嬢のマナー大全』『貴族名鑑』である。
セバスチャンは説明する。
「こちら貴族たるもの、必ず所有している書籍にございます」
「はぁ……」
「全て完璧に暗記くださいませ」
「うえぇ!?」
「もちろん講師もおつけします」
「ええぇぇ!?」
それを合図としたように馬車から女性がおり、優雅な礼をとった。
「ルゥナ・サディアーと申します、カカオ男爵。礼法の家庭教師をしておりますわ」
というわけで、二人はこの日からサディアー夫人から礼儀作法を叩き込まれることとなったのであった。
ちなみにその荷物の中に、ジョーからの手紙もあった。
『俺は元気でやっている。親父と妹も元気で。
ジョー』
最高級の便箋にたったこれだけの文字が書かれていた。
「なんなのよもー」
「あいつらしいっちゃらしいが」
ウニリィは憤慨し、クレーザーは苦笑した。
村にいた頃は読めないような文字を書いていたジョーだが、ちょっとは上達したらしい。だが癖のある文字で、明らかにジョーの書いたものとわかる筆跡ではあった。
だが、ナンディオの反応は違った。それを見て表情を険しくさせる。
「検閲されて、あるいは見張られていて、これ以上は書けないのでしょう」
「検閲……」
「彼はキーシュ公爵家の姫を救って英雄となりましたが、国軍に籍を置いていますので。そして国軍はキーシュ公爵家以外にも貴族の諸侯が関わっていますから」
ジョーがエバラン村に帰ってこないのも、ウニリィたちが王都に行った時に顔も出さないのも本質的にはそこに理由がある。
「そして検閲がここまで厳しいということは……」
「ということは?」
「戦が近いということです。つまりジョーも、私も戦場に向かわねばならないのです」
この国イェッドニアと隣国ノイエハシヴァの戦争はまだ終わっていないのだった。






