第3話:冒険者王に俺はなる!!
『冒険者王に! 俺はなる!!』
ウニリィには兄がいる。四つばかり歳上の兄だ。本当は弟もいたが、生まれてすぐに流行り病で母と共に儚くなってしまった。
だからウニリィの家族といえば父と、兄と、そしてウニリィの三人だけである。そんな兄、名をジョーというが……。
『冒険者王に! 俺はなるんだってばよ!!』
などという世迷言を、隣村まで響き渡るような大声で抜かして、家を出て行ったのであった。
今から六年前、ジョーが十四歳、ウニリィが十歳のときのことである。
その時ウニリィが思ったことは、一に『うるさい』であり。二に『なんなの、その冒険者王とかいう頭の悪そうな存在は』であった。
「じゃあな! ウニリィ、親父殿、達者でな!」
そう言い放って農作でもスライム飼育でも手放せない麦わら帽子を被り、左手に今日の昼飯になるはずだった弁当をぶら下げ、右手にはお気に入りの棒を持ってぶんぶんと振りながらジョーは旅立ったのだった。
棒、そう棒である。
子供といえば、特に男の子といえば棒である。
どこからか自分の手に収まりやすい長さと太さの棒を拾ってきては、振り回してたり、ちゃんばらしてみたり、地面に絵など描いていたりするものだ。
だがジョーの棒振りを好むことといったら常軌を逸していた。
ぶんぶんぶん。
『おにーちゃんごはんだよー!』
『おう!』
ぶんぶんぶん。
『おにーちゃんスライムつれてってー!』
『おう!』
ぶんぶんぶん。
ウニリィから見た兄という生き物は、寝ても覚めても取り憑かれたように棒を振っていたことしか記憶にない。
ちなみに、『おう!』と肯定の返事をするが、『おう、あと百回振ったらな!』の略である。そして百回振る頃には言われたことを忘れているのが常なので、待ちきれずに家族が食事を終えた頃に食事にやってきては『食事なら呼んでくれよ』と言い出すような男であった。
『……ありゃあ、とうてい家を継がせるのは無理だな』
父であるクレーザーはそうぼやきながら、申し訳なさそうな瞳をウニリィに向けた。クレーザーの家業はスライム職人である。ジョーが継げぬのであれば、ウニリィに婿をとってもらって家業を継いでもらうしかないためだ。
まあ、ウニリィもそんなものだろうと思っていたので特にショックを受けるようなこともなく、頷いたのみであった。
ただ、そんなジョーであるが村の者たちには老若男女問わず慕われていた。
ぶんぶんぶん。
『ジョーの兄貴ぃ、セーヴンの野郎が倒木の下敷きに!』
『よっしゃぁ!』
ぶんぶんぶん。
『ジョーやい、じいさんが腰を痛めちゃってねぇ。薪割りを頼めんかねぇ』
『よっしゃぁ!』
カンコンカン。
『大変だ、畑にイノシシが出たぞ!』
『きたきたきたぁっ!』
どかどかどん。
倒れた者があればすぐにでも駆けつけ、薪割りを頼まれれば村中の薪を積み上げてみせ、ちょっとした獣や荒くれ者がやってきても棒一本で退治してみせたのである。
ジョーは馬鹿ではあったが、棒振りで鍛えた体を他人のために使うことを惜しまない馬鹿であった。
だからジョーが村を出て行った時、村の住人たちは大いに残念がった。ウニリィももちろん寂しくなるなと思いはしたが、まあ兄の気性からしてそうなるだろうと想像はしていたのである。
さて、ジョーが村を飛び出してから五年が経った。ウニリィ十五歳の頃である。
この五年の間に遠方では大きな戦があったというし、いくつもの事件やらあったというが、この村には関わりのないことである。せいぜいが日持ちのするかぼちゃが戦のために高く売れたなどということがあった程度のことだ。
ウニリィもまた美しい娘に成長した。そして父からスライム職人としての手解きを受けていたのだった。
ぱからっぱからっぱからっ。
ある日のこと、銀色に輝く立派な鎧に身を包み、精悍な馬に跨った騎士様が供の者を引き連れてエバラン村にやってきた。
エバランは農村であるとはいえ、王都から近い。つまり村から一刻ほども歩けば街道が通っているのである。
運が良ければそこを通る貴族や聖職者の馬車の一行や、騎士だったり大商人の指揮する商隊なんてものを見かけることもできるのだ。
だが、今日ここに来た騎士の威容と言ったらいかばかりか。そんじょそこらの田舎騎士ではこうはいくまい。この村の全ての資産を差し出したとしても、あの鎧一式や軍馬一頭を買うことなど到底できぬであろう。
村の者たちが村長を筆頭に集まり平伏すのを見て、騎士は朗々と声を響かせた。
「ここにクレーザーなる者は、その娘ウニリィなる者はいるか!」
あろうことか騎士はウニリィらの名を呼んだのである。
ウニリィはぴぇっと小さく悲鳴をあげた。ウニリィの前にいた村人たちがさっと横に退いて、騎士との間を遮るものはいなくなった。
おずおずとクレーザーとウニリィは前に出る。
騎士の前で改めて平伏しようとしたが、騎士はそれを身振りで留めた。
クレーザーは緊張か、そこだけ地震でもおこしているかのようにぶるぶると震えているので、騎士はウニリィに優しく声をかけた。
「娘よ、汝の兄に、ジョーシュ……ジョーなる者はいるか」
「兄が無礼を働きましたか」
思わず被せるような勢いでそう言った。