第26話:すごく……存在がうるさい……。
「なんなのこれー!」
ふよふよふよふよ。
「留守を預かってたのに申し訳ないっす!」
ウニリィの叫びにマサクィが頭を下げる。
ふよふよふよふよ。
ウニリィたちの前には彼女ですら見たことのないほどに、色とりどりの無数のスライムが並んでいる。ウニリィの帰還に気付いたのか、少しにじりよるような仕草を見せて、ふるふると身を揺らした。
スライムの色はどれも澄んでいて、野良のスライムではあり得ない。飼育していたスライムたちだ。スライムは分裂で増えるが、この量は倍では効かない。ということは飼育していたスライムたちの全てが複数回分裂したと見える。
「なんじゃこりゃー!」
クレーザーが叫ぶ。
ふよふよふよふよ。
「ウニリィお嬢様!」
スライムを抑えていたのだろうセーヴンやマサクィの後輩のテイマーたち、ナンディオの部下である騎士見習いたちもやってきた。
ふよふよふよふよ。
「これはまた……」
「危険ではないのか?」
ナンディオとサレキッシモも馬や荷馬車からおりて言う。
ふよふよふよふよ。
ウニリィは額に手を当てた。
「すごく……存在がうるさい……」
ふよふよふよふよふよふよふよ。
スライムたちには発声器官がないため鳴かず、足音も立てない静かな生き物である。だがカラフル・カガミモツィが夕陽をきらきらと反射させながら体を揺らしていればその存在がうるさく感じものだ。
スライムたちはウニリィの言葉に動きを止めた。
「えーっと……みんなどうしたの」
ふるり。
スライムたちが一度だけ揺れる。『増えちゃいました!』ウニリィには彼らがそう言っているような気がした。
ウニリィは頭を抱える。
「厩舎には……入り切らないだろうから、みんな牧草地の方に行ってもらえる? 狭いかもしれないけど柵からはでないように」
ふるふるふるふるふるふる。
スライムたちは身を震わせながらずるずるとそちらへ向かった。
「すごいっすね」
「うむ、よもやウニリィ殿がここまで練達のテイマーだとは」
マサクィが感嘆し、サレキッシモもそれに同意した。
「えーと、あなたは」
「王都一の吟遊詩人、サレキッシモさ」
「あ、銅級テイマーのマサクィっす」
彼らは呑気に挨拶を交わしているが、ウニリィとしてはそれどころではない。
「おとうさーん……」
「まあ、一旦家に入ろう。何があったのか聞かないことにはな」
その通りではある。
馬と馬車をナンディオの従者に預け、スライムの見張りはセーヴンたちに任せて、マサクィから話を聞くために家へと戻った。
「はい、出てって出てって」
ふるふるふる。
家の中までにまでスライムがたくさん入り込んでいるので、それを追い出してやっと卓につく。
「お前は……」
「固いこと言いっこなしだぜ。こんな面白いの見て吟遊詩人が帰れるわけないだろ」
サレキッシモはナンディオから追い出されそうになる前にそう言った。ナンディオはため息を一つ。クレーザーが出ていって欲しいと言ったなら力ずくでも追い出すが、その様子はないし問答の時間も惜しい。マサクィの言葉を待つ。
「いや、話といっても、昨日の夜遅くにスライムたちが分裂を始めて、それを止められなかったんすよ……」
一匹が始めればその隣にいたのも分裂を始め、マサクィたちが分裂をするなと止めればその個体は指示に従って分裂を止めるが、匹数が多すぎてどうにもならなかったという。
そして普通は分裂した個体はしばらく再度の分裂はしないものだが、半日もしないと再分裂したと。
「ごめんなさいっ!」
ウニリィが頭を下げた。
「私が、出かける前に分裂をしないようにちゃんと言い聞かせてなかったのが悪いんです」
「あー……。でもそれは謝るようなことでは」
ふるふるとウニリィは首を横にふる。魔獣なので襲われる危険性は絶対にあった。分裂で増えたスライムはウニリィのテイムがされていない。それらが村に被害を出していないのであれば、それはマサクィたちの奮闘のおかげに他ならない。
クレーザーが顎を掻き、頭を下げる。
「うちのスライムたちは結構育て方が特殊だからな……。もうちょっとちゃんと準備すべきだった。すまん」
スライムは十分な栄養があれば分裂できるが、クレーザーが作り、普段ウニリィが与えているスライムの食事は極めて栄養価が高い。
そして分裂できる以上の栄養を蓄えさせ、それでも分裂させないようにウニリィが指示することで高品質のスライム素材を安定的に入手できるようにしているのである。
ウニリィが離れる前の指示が不十分で、その制御が外れたということだろう。そうクレーザーは説明した。
「方法は二つしかない」
クレーザーがそう言い、ウニリィは頷く。
一つはスライム育成の素人であるナンディオにもわかる。だがもう一つは……。
考えている間にサレキッシモが尋ねた。
「スライムを討伐……間引く以外にどういう方法があるのかね?」
ウニリィが口を開く。だが、彼女の表情は蒼白で、手は震え、今にも倒れそうに見えた。
「スライムたちを……融合させて進化させます」






