第25話:うえぇっ!?
当然、吟遊詩人はサレキッシモである。先日、店内でウニリィの兄であるジョーを讃える歌を歌っていた男だ。
彼は歌いながらウニリィに向けて、ばちこーんとウィンクを決める。
ウニリィたちの側に立って聞いていた女性たちが黄色い悲鳴をあげた。
カラカラカラ。
荷馬車はその前を通り過ぎていく。
「えっ」
「はい、行っちゃいましょうね」
一昨日、二日後にここで会うという約束をしていたのではと驚くウニリィにナンディオは言った。
まあ、話を聞きたいのは向こうの都合であって、待ってやる義理はないというのがナンディオの意見である。
荷馬車の上からウニリィが振り返って見ていると、サレキッシモは一曲を歌いおえ、観客の歓声に応えて(そしてちゃんとおひねりを回収して)からウニリィたちの馬車を追いかけてきた。
馬車とはいえ王都内は歩くほどの速度でしか馬車を走らせられないので、彼はすぐに追いついてきた。
「酷いではないかね、騎士殿!」
ナンディオはふっと笑うだけである。クレーザーは首をすくめるように御者台で軽く頭を下げた。ウニリィは荷台から声をかける。
「こんにちは、サレキッシモさん」
「おお、ウニリィ殿! 先日お会いした時もお美しい方でしたが、今日はさらに輝かんばかりだ!」
「まあ、変わりませんわよ」
ウニリィはそう謙遜するが、実際のところ一昨日よりも彼女は綺麗になっているのである。昨日、スリーコッシュで服の仮縫いを待つ時間にエステで磨かれたり、化粧道具一式を渡され、その練習もさせられたのだ。
「いやいや、自分の目は誤魔化されませんぞ」
彼はそう言ってウニリィの手を取ろうとする。
チャキリ、とナンディオが腰に吊るした剣を鳴らし、サレキッシモはさっと手を引っ込めた。
「……無粋ではないかね?」
「胡乱な者を近づけないのも私の仕事ですので」
ナンディオは涼しい顔でそう言う。
「あー……乗せていただいても?」
「構いませんよ」
ナンディオは渋い顔をしたが、クレーザーは許可する。サレキッシモは身軽な動きで荷馬車にひらりと飛び乗った。
「人気のある吟遊詩人なのでしょう。わざわざついて来ないでも、王都で歌っていれば稼げるのでは?」
ナンディオの言葉にちっちっちと指を振る。
「人気商売とはそう単純なものでもないのさ。同じ曲を歌っていれば飽きられるし、誰かに真似もされる。新しい歌を作らねば」
「ふむ」
「ジョーシュトラウム卿の生家がどこにあり、彼がどのような生活をして育ったのか。それは誰も知らないのだ」
「秘しているのですよ、その意味はわかるでしょう?」
サレキッシモは頷く。
「無論だとも。そして騎士殿が求める言葉を先に言うが、それをみだりに歌ったり公開することはないと約束しよう」
ふむ、とナンディオは考える。実際、彼が吟遊詩人に求めているのはそういうことである。
「ではなぜ?」
「秘密にするというのは期限あることだろう。おそらく、クレーザー氏が授爵するので、それまでではないかな?」
「うぇっ?」
言い当てられてクレーザーが思わず反応し、サレキッシモは笑みを浮かべた。
「やはりか。この二日間に考えていたことは正解だったようだ」
「やはり貴方、どこかの貴族令息でしょう」
そうそう平民が思い至ることではない。ナンディオの問いに、彼は首をすくめた。
「かつては、ね。ともあれ、秘密が公開された時に、彼の生家は注目を浴びることになるだろうね。観光地となるかもしれない」
「ええっ!」
「ええっ?」
ナンディオはそうだろうなと頷くが、クレーザーとウニリィは驚きの悲鳴をあげた。
「当然さ。その時にすでに新曲ができていれば、私は他の吟遊詩人より二歩も三歩も先に行っているというだけのことさ。さあ行こうじゃないか!」
こうして街道を南下したウニリィたち一行はスナリヴァの町で街道から外れ、夕方にはエバラン村に到着した。
何やら村人たちの様子が妙だ。どうもざわざわとしている。この時間ならば農作業を終えた村人たちは家で夕食の準備などをしているはずなのに、家の外に出て何やら話している。
その時であった。
「う、うっ、ウニリィさーーーん!」
そう叫んでこちらに駆けてきた者がいる。
「マサクィさん?」
テイマーギルド所属のテイマーで、家の留守を任せてきた彼である。駆け寄ってきたマサクィは息を切らせながら言う。
「う、ウニリィさん、スライムたちが」
ウニリィはその言葉を聞き終える前に、走っている馬車の荷台から軽やかに飛び降りると自宅に向けて駆け出した。
はっはっはっと、息を切らせながら村を横断する。ウニリィたちの家は魔獣を飼育しているため、村の一番奥側だ。走っている間にも村人たちの視線がこちらに向いて挨拶されるがそれを返す余裕はない。
「なんなのこれぇ!」
ふよふよふよふよふよふよふよふよふよふよふよふよふよふよふよふよ。
ウニリィたちの家と厩舎、牧草地が無数のスライムで埋め尽くされていた。






