第24話:ん〜〜〜〜!
娘の晴れ姿に感動して咽ぶクレーザーをなだめ、喫茶店で軽食をとる。ウニリィはドレスの着用経験がないため、あまりきつく締めたものではないとはいえコルセットもしている。昼食抜きでお腹が減っていてもそんなに食べられないのだ。
喫茶店といってもスリーコッシュのパーラーである。天井にはシャンデリアが煌めいて部屋を明るく照らし、床は精緻な紋様の絨毯が慣れないヒールを優しく包んでくれる。店員が椅子を引いてくれるのもまるでお貴族さまのようである。いや、貴族令嬢になるのだが。
「わあっ!」
だが何よりもウニリィが瞳を輝かせたのはその食事である。
三段重ねの瀟洒な台の上には、真っ白なパンと桃色のベーコンが美しい断面を見せるサンドイッチ、クロテッドクリームとジャムの添えられたスコーン、そしてウニリィが見たこともないような可愛らしく艶やかなケーキが並べられていた。
そして店員によって注がれた紅茶は芳しい香りをたゆたわせたのだ。
ウニリィのオレンジ色の瞳が不安と期待の混じったように台とナンディオ、店員の間を行き来する。
「どうぞ、お召し上がりください」
ナンディオが勧めるとウニリィはぱちんと手を合わせて食前の祈りとし、サンドイッチにかぶりついた。
「ん〜〜〜〜!」
サンドイッチを持つのとは逆の手を頬に当て、くぐもった、だが抑えきれない歓声が上がる。
まあ、貴族的所作からは程遠い。ナンディオは苦笑する。だがこの美味しさを、感動を全身で表現しているのが彼女の魅力でもあろう。
店員たちもほっこりと彼女に視線をやっていた。
その後自分たちも急いで食事を終えたのだろうミセス・ミレイがパーラーにやってきてウニリィの服装や直しにちょこちょこ手を入れたり、クレーザーの方の服装にも指示を出していた。
「ちょっとクラバッドを全部持ってきなさい! カフスリンクの石の色はもうちょっと鮮やかなのはないの!?」
「いや、あの……」
クレーザーもたじたじである。
ミセスは紳士服の専門ではない。だがウニリィが社交界にデビューする日、ウニリィをエスコートするのはクレーザーなのである。
ウニリィに似合うようにコーディネートするのも当然なのだ。
結局、服選びは日没が近くなるまで時間がかかったのである。
「ふあーぁっ」
「ふわーーっ」
店から出て、クレーザーとウニリィは揃って伸びをした。気も貼っていただろうし、肩も凝っただろう。
だがその揃った声と動きに親子を感じ、ナンディオは思わずくすりと笑った。
「お疲れ様でした」
「いえいえ、こちらこそありがとうございました」
三人は馬車の中、話をしながら宿へと戻る。
「ふむ……」
「どうかしましたか?」
その最中、ナンディオが唸り、ウニリィが尋ねる。
「いや、アレクサンドラ姫がいらっしゃるかとも思っていたのですが、それはなかったなと」
クレーザーとウニリィはぎょっとした。
「まあ……、申し訳ないですが来ないでいただけて幸いでしたわ」
うんうんとクレーザーも頷く。さすがにここから公爵令嬢の挨拶があれば二人は耐えられなかっただろう。
加えて言えばジョーも来るかとも思っていたが来ていない。なるほど、彼らは多忙であろう。それでも王都に来たのに何の接触もないのは少々不自然に感じるところでもあった。
「たしかに、ジョーが顔も見せないのは薄情な気がするわ」
バカ兄め……。そう呟いてウニリィはぷいっと顔を背けた。ナンディオは言う。
「もしかしたら、ここに来たがっていた姫をジョーが必死に止めていたのかもしれませんね」
「あー……」
「あー……」
『わたくし、未来のお義父様にご挨拶いたしませんと!』
『ドリー、今日はやめとけって。ほら、俺とお茶しようぜ』
『まあ! ジョーから誘っていただけるなんて! ジョ、ジョーがそういうならお茶会もやぶさかではありませんわ! セバスチャン!』
『は、準備はできております』
ナンディオの脳裏にはそんなやりとりが浮かんだが、実際、似たようなやりとりがキーシュ公爵邸で行われていたのだった。
ともあれ、ウニリィたちは宿に戻って夕食をとると、そのまますぐにばたんきゅーと寝てしまった。
そして翌日は帰りである。スライム製品の卸しも終え、土産物はエバラン村の家に送ってもらうよう頼んだし、ドレスや礼服は調整があるので届けられるのはまだ先である。
カッポカッポカラカラカラ。
荷馬車は載せる荷物もなく、軽やかな足取りで王都を進む。
ウニリィはその荷台の上から王都の街並みを眺めていた。シルヴァザのあたりは街並みも街ゆく人も洗練されていたが、そこから離れていくにつれ雑然とした雰囲気になる。だが、その活気ある様子の方がやはり親しみやすいなあなどと思っていた。
そんな時である。
「おーおー、勇猛なるジョーシュトラウムよ〜〜」
聞き覚えのある吟遊詩人の歌が耳に入ったのだった。






