第23話:ちょっと、お父さん!?
「娘が戻ってこないんだが……」
クレーザーが呟いた。
遅い午後である。まず彼は身体の採寸をされた。もちろん全裸にはならなかったが。そして試着、定番のものに今季の流行と何着も試着は終えて、革のベルトに華やかなクラバットやタイ、小ぶりな宝石を使ったカフスなどの小物まで選ぶのに午前中いっぱいでは終わらないほどの時間がかかった。
スリーコッシュは四階建てで、最上階である四階にはレストランと喫茶店、シガールームや遊戯場などがある。
支配人に連れられ、クレーザーはナンディオと共にレストランへ。王都が一望できる景観を楽しみながら軽食に舌鼓を打った。非常に美味ではあったが、量が少ないのはこの後も試着があるので、腹一杯にされるわけにはいかないからである。
彼らが食事の最中、針子たちが急いでサイズの直しをして、もう一度試着。細かい調整をして、それを着て歩いてみるよう言われた頃にはもう三時であった。
そして、クレーザーは午前中に分かれてから半日、ウニリィの様子を見ていないのだ。
「女性の服選びは時間がかかるものですよ」
ナンディオはそう言って、象牙でできた乳白色の騎士の駒を優雅な手つきで摘んで前に進めた。
彼らがいるのは遊戯室である。そこにあったチェス盤を挟んで向かい合っているのだ。
「それにしても確かに時間がかかっていますがね」
いくら女性の服選びは長いといっても、既製服選びにそこまで時間がかかることはあるまい。買い物を好み時間をいくらでもかけるような女性がいないわけではないが、もちろんウニリィはそういうタイプではない。
マダム・ミレイが本来以上の仕事をしていることは明らかだった。
様子を見てきてもらいましょう。そう言ってナンディオは壁際に控えていた店員に声をかけた。それから数分後……。
「マダム・ミレイがご機嫌でいらっしゃいました。あれはまだかかりますね」
ちなみにマダム、ここにある宝飾品のデザインの調整まで口を出し始めたので、おそらく完成には数ヶ月かかると店員は考えた。
店員の言葉にマジか、となるクレーザーとナンディオであったが、彼はこう続ける。
「それでも試着で数点に絞りこむところまでは進んでいました。それは全てご購入いただくことになるでしょう」
クレーザーはぎょっとするが、ナンディオは問題ないと頷く。買うべきドレスが一枚ということはないのだから。
「そして、一度休憩も兼ねてお見せするということです」
「おお」
というわけで二人はチェス盤をそのままに立ち上がった。壁一面に鏡の張られた部屋に通されて待つことしばし。
ノックの後、そっと部屋の扉が開くと、ウニリィが部屋へと入ってきた。
「おお……」
「なんと……」
男二人は二の句が継げずにいた。あまりにもウニリィが美しかったからだ。
ドレスの形状はクリノリンスタイル。ウェストが絞られ、スカートが釣鐘型に広がったものだ。だがそこまで大きなものではなく、これはウニリィがこういったドレスに慣れていないが故の配慮であろう。
全体の色としては光沢のある白、そこに赤い花の刺繍を散らしたもの。派手すぎず、だが華やかな色使いであった。
一方で首周りは完全に肩まで晒す、デコルテの大きく開けたデザイン。首元にはシンプルなチョーカー。ドレス単体で見れば少し扇情的に見えるかもしれない。だが……。
「どう、かな」
ウニリィは僅かにみじろぎし、上目遣いにそう尋ねた。
この意匠によってウニリィは恥ずかしさを覚えている。そこが逆説的に彼女の初々しさ、清楚さを際立たせるという、マダム・ミレイ入魂のチョイスであった。
クレーザーは何も言えずにぶわりと涙を浮かべた。
「ちょっと、お父さん!?」
クレーザーは男手ひとつでウニリィを育ててきたのである。しかし家業の手伝いで彼女にも随分と大変な思いをさせた。それがこうしてドレス姿を見ることができて感極まってしまったのだ。
ナンディオは片膝をついて、純白の手袋に包まれた彼女の手をとった。
「なんとお美しいことか。お父様はそれに感動なさっているのですよ」
「そ、そうなの? お父さんも素敵よ?」
クレーザーは店員から渡されたハンカチを目に当てて、うんうんと頷くばかりだ。
「いや、ウニリィさんは磨けば光ると思っていましたが、想像をはるかに超えてきました」
「それはこのドレスが素晴らしいのであって……」
「いかな名剣であってもそれを持つ騎士がいなければ何も斬れはしません。ウニリィさんご自身が素敵であるからこそ、そのドレスによって魅力が引き立てられているのですよ」
ナンディオは真剣な表情でそう語った。
「そ、そう?」
「もちろんです。そのお姿で社交界に降り立たれれば、どの貴族たちもあなたのことを讃え、噂するでしょう」
ナンディオの美辞麗句にウニリィはますます頬を染め、そしてこう思った。これで既婚者じゃなければなぁ……。
「……がっでむ」
ウニリィは小さく呟いたのだった。






