第20話:ぴえっ。
「それじゃあ俺はカッパーブリッジに行ってくるから」
「いってらっしゃい、お父さん」
「お気をつけて」
クレーザーは荷馬車にスライム製品を載せてカッパーブリッジに卸しに向かった。がたがた、がたがたと荷馬車は去り、ウニリィとナンディオはそれを見送る。
ウニリィとナンディオは買い物だ。エバラン村は農村なので単純に土地に余裕があり、家はそこそこ広い。だが家具や食器などが不足しているのだ。
「えーっと、何人ぶんいるだろ……」
ウニリィは指折り数える。
「余裕はあったほうがよいですね。今後は来客もあるでしょうし、使用人を雇うこともありますから」
「んー……」
なぜ食器などがいるかというと、スライム飼育のためにセーヴンやマサクィ、あるいは彼の後輩たちが村に滞在するようになったためである。
セーヴンは実家からの通いであるが、テイマーギルドの者たちは当然泊まりである。
村には宿泊施設がないし、食事どころも酒をだすところが一つあるだけだ。最初はウニリィが昼食を用意していたが、そこで仕事が増えると本末転倒なので村のおかみさんを一人雇って食事を作ってもらっている。
「鍋なんかも大きいのが欲しいって言われてますしねー」
というわけでこの日は王都の店を回ったのだった。ついでに王都土産にお菓子もたくさん買い込んでいく。村人たちに配るものだ。王都にきて村人への土産を買って帰らねば村八分にされてしまうであろう。コワイ。
特にクレーザーが貴族になるという話はナンディオが村に来たときに語ったので、村の誰しもが知っているのだ。貴族の叙任はまだだし、貴族としての収入など何もないにも関わらず、ここでケチると酷い目にあうのは明らかである。まあ、ジョーから預かっている金はあるのだが。ナンディオの払いで大量に買い込み、村へと送ってもらうよう頼んだのである。
そして翌朝である。今日はシルヴァザのスリーコッシュで買い物の日だ。
ウニリィもクレーザーも宿屋で先日スナリヴァで購入した服を着込んだ。
お洒落で今風なものである。ウニリィが着ているのは膝丈のワンピースにショートブーツと、脛の辺りが見えるものだ。
「むーん……」
ウニリィは鏡の前でくるりと回ったりと、鏡に映る自分の姿を見て唸る。
ウニリィとしては、こんなふうに脚が見えちゃう服ってはしたないわ! と思っていたのだが、それは保守的な農村の考えというものである。特にウニリィはスライムの酸からの防御という観点から厚着をしていることが多かった。
「むむむ……」
実際、昨日王都を歩いていて、こんな服装の女の子がたくさん歩いているのを見た。確かに年配の方々はそうではなかったが、若い子はみな足首のあたりを晒していたのだ。ウニリィが昨日着ていたような服では確かに王都の若者から見れば野暮ったいのかもしれない。
「……よし」
気合いを入れてウニリィは部屋から出る。そして階段を下りればナンディオとクレーザーはすでに階下で待っていた。
「おお、ウニリィさん。なんとお美しい」
すると即座にナンディオが軽く眉を上げて驚いたような表情を作り、笑みを浮かべてそう言うのである。
「ちょっとおやめください」
「いえいえ、まるで百合の妖精がやってきたのかと」
ウニリィの髪には白百合を模した飾りが挿されている。同じくスナリヴァで買ったものだ。
「もー……そういうのよくないです」
ウニリィはどすどすとナンディオの腹を叩いた。
村ではこのような言葉は愛の告白と同義である。だが、貴族たちにとっては女性を讃えるのが当然なのだ。
「はは、本心ですよ。でも慣れていただかねば」
「うむ、かわいいぞ」
クレーザーもそう言った。彼も普段の作業着ではなく、ちゃんとした服を着て、髪もちゃんと整えてあった。こうすれば恰幅も良いため、ちょっとした商家の旦那くらいには見えるのだ。
「お父さんもきまってるよ」
「そ、そうか? うむ」
こう言いあって二人は馬車に乗り込んだ。ナンディオが用意した貸し馬車である。二頭立てで紋章もないが、優美な曲線を描いた車体は品が良いものだった。
ナンディオの手を借りてウニリィたちは馬車に乗り込み出発した。
馬車の車輪は荷馬車とは違って軽やかに回る。椅子のクッションは腰を痛めることもない。
「いかがですか」
「ふふ、お姫様みたい」
馬車の外、騎乗して並走するナンディオに、ウニリィは流れる景色を見ながら楽しげにそう言ったのであった。
王都の中心部に向かうほど、街並みも素晴らしく美しくなっていく。そしてそう時間をかけることもなく、馬車は停まった。
「さあ、スリーコッシュに着きましたよ」
ウニリィは再びナンディオの手をとって馬車から降りる。
すると馬車停めにはずらりと店員たちが一分の隙もなく直立して並んでいたのである。
彼ら、彼女らは一糸乱れぬ動きでウニリィに向けて頭を下げた。
「ぴっ」
ウニリィの喉の奥から小さく悲鳴が漏れた。その先頭に立つ支配人が低く、落ち着いた声を上げた。
「いらっしゃいませ、カカオ男爵、カカオ男爵令嬢。お会いできたこと、光栄で御座います」
「ぴえっ」
公爵家令嬢の名でスリーコッシュを貸切にするとはこういうことなのであった。






