第2話:……ダメだった。
2話目ですー。
「……ダメだった」
「……でしょうね」
苦渋を呑んだような顔でダメと言ったのはウニリィの父、クレーザーであり、ウニリィはそれに何の感慨もなく軽く相槌を打つ。
何がダメってウニリィの結婚の話である。いや、結婚よりも前、婚約者探しの段階で難航しているのであった。
二人がいるのは食卓である。他の者の姿はない。
卓上に並んでいるのはウニリィの作ったシチューと少し形の崩れたオムレツ、買ってきたパン。クレーザーの前のカップにはエール、ウニリィの前のものにはミルクである。
「……ウニリィは可愛いんだがなぁ」
クレーザーがエールを傾けてそう嘆く。
親の欲目がないとは言わないが、ウニリィは実際に彼らの住むエバラン村で一番の美人と評判であった。ちなみにエバランとはこの村あるいはこのあたりの地域一帯を示す名前であり、この国の王都チヨディアから近い割にひなびた農村地域である。
近郊農業の生産地として小麦に加えて茄子やらかぼちゃなどの野菜を作っては王都郊外のシブゥバリーの市に卸しているのだ。
ウニリィはちぎったパンをシチューに浸してもぐもぐと口を動かし、ため息をついて言った。
「あのね、たとえ私が村で一番可愛いとしても、そんなのよりずっと可愛い子が王都にはいっぱいいるの」
「む」
ウニリィの言葉に父は短く唸った。
ウニリィだって村の若い男衆からちやほやされていたのだ。自分でも全くイケてないとまでは思わないが、王都の人間の数を考えればそこでも美人と称賛されるとまで自信過剰にはなれない。
「それに貴族のお嬢サマともなれば、ドレスだってお化粧だってびしっと決めてるのよ。それを見慣れている貴族のおぼっちゃまが私なんかに惹かれるわけないでしょ」
「むむ」
ウニリィには健康的な美がある。働き者の素朴な美しさだ。確かにそれは野の花の美しさであり、庭園で庭師が丹精込めた華の美ではないだろう。
とはいえ、逆にウニリィが劣っているわけでもないのだ。美しさに惹かれて婚約希望者が列をなすようことはなくとも、見目の問題で敬遠されるようなことはあるまい。ではなぜ婚約が整わないのかというと……。
「でもやっぱスライムでしょ」
「むむむ」
「このまえ視察にきた何とかって子爵の三男坊だっけ? 朝の世話を見に厩舎まで来たと思ったらいつの間にかいなくなっててさ。その日のうちにお父さんに婚約辞退の話をしにいったんでしょ?」
「むむむむ」
クレーザーは唸り、そしてぽつりと呟く。
「あいつら根性がないんだ」
ウニリィはため息を返し、スプーンで父を指して言った。
「あのね、お父さん。貴族のおぼっちゃまたちにスライム職人としてやっていく根性があるわけないでしょ」
「それはそうなんだが……」
クレーザーは頭を掻く。
「しかもうちって普通のスライム職人じゃなくてさ、スライムの飼育からやってるじゃない。お父さんのこだわりとかでさ」
「うむ」
「そりゃあうちのスライム製品は品質が良いと思うわよ。でもその分、めっちゃ手間ってかかってるじゃない」
「……すまん」
「いや、私はもう慣れてるしいいんだけどさ。ただ、それを王都からやってきた貴族のおぼっちゃまたちに見せて、婿入りして欲しいって……。正直厳しいでしょ」
「むむむむむ……」
再びクレーザーは唸る。
その時、キッチンの方から、ぼとり、と何かが落ちる音がした。ウニリィと父の視線がそちらに向き、ウニリィは慌てて立ち上がった。
「あー! スライム入ってきちゃってるじゃん!」
彼女の視線の先に緑色の塊がうごめいているのが見えたのだ。
ウニリィは立ったまま急いで残った食事をかきこみミルクを飲み干すと、キッチンに駆ける。
食べるものでも探しにきたのか、キッチンの床には一匹の透きとおった緑色のスライムがふるふると震えていた。
「はいはい、ちょっとここ入って」
ウニリィは手慣れた動きで鍋にスライムをぺいっと入れると、それを両手で抱えて立ち上がった。
「ごちそうさま。こいつ連れてくから、お父さん、片付けお願いね」
「ああ、ごちそうさま」
鍋を抱えて背を向けたウニリィに、父が声をかける。
「だが、貴族の婿を迎えねばならんのは変わらないからな」
「……それはわかってるけど」
ウニリィの父、クレーザーはスライム職人であり、つい最近まで平民だったのだ。それが急に男爵位を授爵したのである。
ウニリィの婿にはエバラン村で働き者の若い衆か、あるいはスライム職人の若い男を弟子入りさせてそれと結ばれれば、あるいはウニリィが好いた男を連れてくるならばそれでも良いとクレーザーは考えていた。
だが、突然の授爵によりウニリィの婿も貴族であることが求められるようになった。そしてそれ故に婿選びが難航しているのである。
「ああ、お兄ちゃんのせいで面倒なことになったわ……」
ウニリィはここにはいない兄に向けて愚痴をこぼすのだった。
ξ˚⊿˚)ξ今日はここまで。
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