第19話:んぐっふ。
ウニリィは吟遊詩人と観客に謝り倒した。
実際、これが貴族も聴くような演奏会や、あるいはそれこそトレジャーマウントのような演劇であれば大顰蹙であっただろう。
しかしここはちょっと良い店ではあるとはいえ、平民がいくような店である。そして吟遊詩人などという職業は、それこそ路上や酒場での演奏で、客のヤジやひやかしを受け流せないようではやっていけない職業である。
だからこの程度では特に問題にならないのだ。
ウニリィの叫びがちょうど合いの手のように入ってしまい、観客が吹き出した。それを見て、吟遊詩人はリュートを軽やかに掻き鳴らす。
「棒を片手にー、敵兵の攻撃をひょいひょいのひょい〜」
そしてアドリブで曲をコミカルにするほどの余裕をみせ、一曲見事に弾き終えたのである。
「ほんっとーにごめんなさい」
「いいっていいって。思った形とは違うけどウケたしさ」
演奏後、吟遊詩人は卓を回って挨拶をしつつ投げ銭を回収するが、最後にウニリィたちのところにやってきたのだ。ウニリィはあらためて謝罪した。吟遊詩人はそれを軽く受け流す。
ナンディオは彼女の謝罪分も込みで、おひねりには少々多めの硬貨を、彼のひっくり返した帽子に入れた。
「どうもー、チヨディアいちの吟遊詩人、サレキッシモをどうぞご贔屓に」
ウニリィたちが座っているのは四人がけの席であるが、吟遊詩人はそう名乗って断りもなく、空いた一つの椅子に座った。
「えーっと……」
「ああ、お構いなく。お食事は続けてどうぞ」
「図々しいぞ、吟遊詩人」
ナンディオは顔をしかめた。しかし彼は飄々と笑みを浮かべる。
「サレキッシモでございます、騎士様。御任務の途中というわけではございませんでしょう? 少々、お食事中にお話でもいかがでしょう」
ナンディオは軽く肩を竦める。自分一人ならとっとと追い返すところではあるが、ウニリィたちもいるし店内には人目もあるのだ。
「それで美しきお嬢様、哀れな詩人めにお名前を賜る栄誉をいただけませんか?」
サレキッシモはウニリィの手を取ろうとした。しかし、ナンディオは殺気をとばし、サレキッシモはひょいと手を引っ込める。
ウニリィはくすくす笑った。
「ウニリィですわ」
「おお、なんと麗しきお名前か」
サレキッシモは大仰に感謝するような仕草を見せる。そして声を顰めて言った。
「ウニリィお嬢さんってさ、ジョーシュトラウム卿の関係者でしょ」
「んぐっふ」
ウニリィは思いっきりむせた。そうだと肯定しているようなものである。やはり、とサレキッシモはにやりと笑みを浮かべた。
「妹さんとお父様かな? それと護衛につけられた騎士様ってとこか」
「げふごほ」
まあ、先ほどのウニリィの反応からすれば、勘の良い者なら当然気づくであろう。ナンディオは咳払いを一つ。
「サレキッシモと言ったな。吹聴するようなことはやめよ」
「もちろんですとも」
「ついでに詮索もしてもらいたくはないのだが?」
「ジョーシュトラウム卿が平民の出であることは誰もが知っている。だが兵士となる前に何をしていたか知るものはいないのですよ」
別にいないわけではない。ナンディオたちジョーの側近と、軍の上層部やキーシュ公爵家とその派閥、それと王家ももちろん知っている。
だが、今のところ平民には情報が漏れないようにはしているのだ。
理由は色々ある。例えば最悪の場合、ジョーの家族であるクレーザーとウニリィは人質となる可能性すらある。わざわざ騎士であるナンディオが授爵の使者として向かい、そしてそのまま村に滞在しているのは彼らを護衛するためなのだ。
「つまり……絶対聞き出したいってことですか?」
ウニリィが尋ね、サレキッシモは笑みをたたえたまま頷いた。
はぁ、とナンディオはため息をつく。
「今日明日は用がある。明後日この店の前を通るから一旦引くが良い」
「畏まりましてございます」
サレキッシモは大仰な紳士の礼をとり、ウニリィの手の甲に唇を触れさせ……ようとしたところでナンディオの殺気が飛んできたのでさっと身を翻す。
「それではみなさま、またお会いしましょう!」
そう言って店を後にした。
「……約束してしまって良かったのかね?」
クレーザーが問う。
「おそらくあれはどこかの貴族の放蕩息子ですよ。変な形で付き纏われるよりは良いでしょう」
「まあ、貴族ですか……」
歌詞はともかくとしても、声の質、演奏ともにしっかりとしたものであった。音楽はちゃんとやるには金のかかる趣味である。平民がそうそうあの腕前にはなるまい。
音楽だけなら裕福な平民の子という線もある。だが、気障ったらしくはあったが、礼などの所作だって貴族特有のものだった。ナンディオが殺気を飛ばしたのにだって反応していた。つまり、武術の嗜みもあるということであり、ここまでくると家を継がない貴族令息であろうというのは確実である。
ナンディオはそう話した。
「……確かに素敵な方でしたよね」
ウニリィはお嬢さんとして扱ってもらって嬉しかったのである。ちょろい。
ナンディオは再びため息をついた。
「ウニリィ殿、できればああいった類を結婚相手に考えるのはやめていただけると……」






