第18話:おーおー、勇猛なるジョーシュトラウムよ〜(繰り返し)
「王都で今、吟遊詩人の歌で一番人気なのはジョー殿の活躍を讃えたものですからね」
ナンディオは特に驚いた様子もなく、ウニリィたちにハンカチを渡しながらそう言った。
けほけほと咳き込み、口元の溢れたお茶を拭きながら、ウニリィは目をナンディオに向ける。本当に? とでも言いたげな視線だったのでナンディオは頷いた。
「ええ、王国で最も人気のある劇団であるトレジャーマウントも、来年の社交シーズンに彼を主人公とした演目をやると発表したくらいなのですよ」
トレジャーマウントといえば、イエッドニア王国じゅうの女性達が、一度は見に行きたいと夢見て頬を染める人気の演劇団である。もちろんウニリィだってその一人であった。
トレジャーマウントのトップスタアがジョーを演じる? あのバカ兄を?
ウニリィはひどく混乱した。
「おーおー、偉大なジョーシュトラウム〜。おーおー、勇猛なるジョーシュトラウムよ〜。美しきー姫をさらいしー、卑劣なーる敵を追う〜」
吟遊詩人はちらりとウニリィたちの方に視線をやりつつも歌を続ける。騒がしかったのだろう。クレーザーがそちらに向けて軽く頭を下げた。
歌の内容は以前ナンディオが言っていた、ジョーが公爵家の姫を助けたという話であるようだ。
「兄が……」
「ジョーが……」
ウニリィとクレーザーが揃って呆然と呟くので、ナンディオはくすりと笑って言った。
「お二人はジョー殿がお身内でありますから、その評価が厳しいところもあるでしょう。しかし彼の為したことを考えれば、明らかに英雄たり得ますからね」
イエッドニア王国において、先ほど吟遊詩人の歌詞にあったように、パインフラット宰相の失政もあって内政的にはぱっとしていなかったのである。
そこに戦での英雄登場だ。それも平民出身、高貴な姫を救うという華々しい活躍。貴族としては困るかもしれないが、平民たちにとっては最も好まれるような題材ではなかろうか。
「戦友たちは〜、敵をひきつけ叫ぶ〜。おー、ジョーシュトラウムよーここは任せよ〜、汝は囚われのー姫のーもーとーへ〜」
ナンディオは思わず違うわ! と突っ込みそうになって身体がぴくりと動いた。あれは作戦も何もなくジョーが独断専行で敵陣に突っ込んでいったから、慌ててそれを追いかけただけである。
もちろんそんなこと言えたものではない。吟遊詩人の彼が真実を知らないのか知っていて脚色しているのかも分かりはしないが。
「おーおー、偉大なジョーシュトラウム〜。おーおー、勇猛なるジョーシュトラウムよ〜」
このフレーズは二度目である。曲のサビであるようだ。
確かに吟遊詩人の声はいい。だが歌詞がなぁ……ジョーだしなぁ……。ウニリィはそう残念に思った。
「むむむ……」
しかし店内を見渡せば、それに聞き惚れている客たちばかりであるのだ。ジョーだぞ、ジョー。あの棒振りバカよ。とも思うが、聴衆はジョーのことをそもそも知らないのだし、兄もエバラン村から出て、ちょっとは棒振りバカから進歩したのかもしれない。
「カサゴのアクアパッツァです」
音を立てず曲の邪魔をしないようにやってきたウェイターが、そっと卓に食事を供していく。大皿には立派なカサゴの姿煮、籠に盛られているのはあたたかで柔らかそうなパン。小皿には瑞々しいサラダ。
きゅっとワインボトルからコルク栓が抜かれ、僅かに黄色みを帯びた透明な液体がグラスに注がれる。
「敵は多勢ー。ついにジョーシュトラウムの剣は折れー、矢は尽きー、敵にー囲まれてーしまう〜」
歌詞はジョーのピンチを歌っているようだ。リュートは音色を低く、恐ろしげに奏でられる。聴衆ははっと聴き入った。
まあ、少なくともジョーが姫を救ったことは事実なのだろう。そう考えればそれだけでも立派なことではないか。さらにこうして称賛を浴び、人々を感動させているのだから。
「おーおー、しかし勇猛なるジョーシュトラウムの心は折れぬ〜。美しき姫をその背に護っているのだから〜」
今度はリュートの音色は明るく、強く。曲のクライマックスなのだろう。
確かに兄は棒振りバカであったが、村にいたころから弱きを助ける良き人間でもあった。そこに英雄的気質の片鱗があったのかもしれない。
ウニリィは兄を少し見直した。
「勇猛なるジョーシュトラウム〜、倒した敵より〜折れた槍を手にして〜打ちかかる〜。無数のー無数の敵をー薙ぎ倒しー。姫を背にー戦友のーもーとーへ〜!」
折れた槍……。
「結局棒じゃない!」
思わずウニリィはそう叫んで立ち上がったのだった。
ξ˚⊿˚)ξヅカ! ヅカ!






