第156話:今日はお日柄もよく……
ウニリィは街歩き用のおめかしをし、マグニヴェラーレの手をとって馬車へと乗り込む。公爵家の家紋など入っていない、お忍び用の小ぶりな馬車である。
もちろん、お忍び用といっても最上級のものであり乗り心地も快適である。王都の石畳を滑るように進む車内で、ウニリィはマグニヴェラーレに問いかけた。
「きょっ!」
思いっきり噛んだ。
「きょ?」
「今日はお日柄もよく……」
マグニヴェラーレは馬車の窓を少し開けて空模様を眺めた。雲は暗く低く立ち込め、今にも雨が落ちてきそうである。
「……まあまだ降ってはいない」
「ううっ、はい」
がくりとウニリィは肩を落とす。マグニヴェラーレは窓の外に身を乗り出して手を伸ばした。
「秘密にしてくれたまえよ」
そう言って力強く指を鳴らす。魔術師でもないウニリィにもわかるほどの魔力の波動が大気を揺らした。
マグニヴェラーレは馬車の座席に座り直して笑みを浮かべる。
「うん、良い天気だ」
「……わあっ!」
王都の上空だけぽっかりと快晴になっていた。光の梯子がきらきらと降り注ぐ。
「すごいです!」
「緊張がとけたようで良かった。君が緊張していると私まで緊張してしまう」
「ヴェラーレさんも緊張するんですか?」
ウニリィは目を丸くして尋ねた。マグニヴェラーレは難しい表情をして頷く。
「私はあまりこういった、異性との親密度向上を目的とした社交の一環としての外出の経験が無くてな」
「いせいとのしんみつどこうじょうをもくてきとした……」
ウニリィはマグニヴェラーレが急に複雑なことを言い出したので、理解がぱっと及ばずそれを鸚鵡返しに言った。
マグニヴェラーレは咳払いを一つ。
「つまりデートの経験に欠けるということだ」
「デッ……はい」
どうにもお互いに緊張して言葉がうまく発せられない様子である。馬車の中はしばらく沈黙が続いた。馬車についている従者はとてもやきもきしたが、賢明にも沈黙を保った。
マグニヴェラーレがゆっくりと口を開く。
「申し訳ないが、職場が多忙でね」
「はい」
宮廷魔術師の次席ともあろう者が暇なはずはない。ウニリィは頷いた。
「今日はこのデー……出かけた後、私はその足で城に戻らねばならない」
「伺っております。お城の警備のお仕事だとか」
警備はもちろん衛兵たちの仕事である。だが魔物も魔法もある世界だ。王宮の防りには魔術的な防衛も当然必要であり、宮廷魔術師が常時詰めているのだった。
そして警備という仕事は昼夜を問わない。
つまり、ただでさえ祝勝会で王都に貴族たちがごちゃっと集まっていて忙しいのに、今日の昼はデートでサボってるのだ。公爵家の権力で急な休みをもぎ取ったが、代わりに夜勤を入れられたということになる。
マグニヴェラーレは僅かに頭を下げる。
「最後までエスコートできず、すまない」
「謝罪なんて。お忙しいのに時間を割いてくれたことが嬉しいです」
ウニリィはにっこりと笑ってそう言い、マグニヴェラーレは赤面して口をもごもととさせて沈黙した。
従者は砂糖の塊でも飲み込んだような表情をした。
「うん、そうだね。だからこそウニリィ嬢にはこの短い時間を楽しんで欲しい」
「はいっ! それで、今日はどちらに行かれるのでしょうか」
「昨日の話にあったが、祝勝会での装飾品は見繕わせてもらう」
「は、はい」
ウニリィは前にジョーから土産にもらった水晶の首飾りを持ってきている。祝勝会の時もそれを身につけるつもりで装飾品はそれで十分とマグニヴェラーレに伝えたのであり、マグニヴェラーレもそうかと流してしまったのだ。
そうじゃない。それとは別の装飾品をちゃんと贈るのだと母に叱責されたばかりである。
ウニリィは緊張したように返事をするので、マグニヴェラーレは苦笑した。
「大丈夫だ。そこまで高級なものを贈りはしない」
公爵家御用達の宝飾品店というのは当然あるが、そこにウニリィを連れていけば恐縮するのは目に見えている。またそこの価格帯のものを新興男爵家の娘がつけているというのは不要な軋轢を生むであろう。
ウニリィは安堵のため息をついた。
「先ほどこういった外出に詳しくないと言ったが」
「はい」
「母たちが張り切って、侍女や使用人たちにおすすめの店を聞き込んでいてな。行き先が指示されている」
マグニヴェラーレはジャケットの内側からメモ帳を覗かせてとんとんと叩いた。ウニリィは笑う。
「指示されているんですか」
「もちろん、ウニリィ嬢が行きたいところがあればそれを優先してほしいが、どこかあるかい?」
公爵家の侍女は当然貴族階級であるが、概ね子爵家くらいの者が多い。使用人の多くは平民である。あまり敷居が高くて精神的にウニリィが大きく負担になるような店は選ばないだろうと安堵した。
「いえ、せっかくだからそれで行きましょう。まずは宝石店ですか?」
「いや、その前に恋人たちに大人気のカフェがあるから、そこで喉を潤わせてはどうかと言っていたな。どうだろう」
ウニリィはさっきまで緊張していたからか、喉が乾燥したような感じは受ける。なるほど、きっとこれもお見通しなんだなとウニリィは頷いた。
「それでいきましょう」
そして数十分後、ウニリィは大いに後悔し、精神的に大きな負担を受けていた。
「こ、これは……」
「……」
二人の前には巨大でカラフルなドリンクが鎮座し、二股に分かれたストローが一本だけささっていたのだった。
ξ˚⊿˚)ξアベックストローだって出てくる。
はい、先日の7日、ウニリィのコミカライズ1巻が発売されました!
私も秋葉原に行って買ってきました。店舗特典欲しいじゃん的なほら。
ご購入いただけた方はありがとうございます!
まだのかたはぜひよろしくお願いします!
コミカライズ版は竹コミでWeb連載されているところより先読みができてお得!
ネタに走った後書きやら、初版特典にオマケリーフレットもついてくるよ!







