第153話:玉なんとか。
「サレキッシモ君?」
ウニリィが動揺し、それを見たマグニヴェラーレが表情を険しくさせて彼の名を呼ぶ。サレキッシモは一度軽く肩を竦めると、いかにも従者らしく見える慇懃な礼をとった。
「マグニヴェラーレ殿やジョーシュトラウム殿たちからいただいたご依頼は充分に果たしたと判断いたしました。フリーになる私めをリンギェお嬢様がお雇いくださった。それだけでございます」
「む……」
マグニヴェラーレは唸る。確かにウニリィの護衛兼従者としての仕事は今後不要になるだろう。マグニヴェラーレ個人ではなくミドー家が本格的に関わろうとするということは、専任の者をエバラン村に配することが可能だからだ。
「言わんとすることは分かるが、無断での引き抜きをするのもされるのも好ましいことではないな」
半分はリンギェへの苦言である。リンギェはすまし顔で何も語らず、サレキッシモも黙礼にとどめた。
サレキッシモの態度は従者のそれとしては不遜な気もするが、ここでの謝罪はリンギェの非を認めることになる。よって間違ってはいない。
ではリンギェがそういう態度をとるのはどうか。ウニリィに悪いことをしたとは思っていないということになろう。だが詳細を語る気はないということだ。
マグニヴェラーレがそう考えている間に、ウニリィは隣に座る父に尋ねる。
「お父さん、知ってたの?」
「ん、んん」
普段だったら驚きをあらわにするはずの父が、動揺するそぶりもみせないのだ。これは事前に聞いていたに違いないとウニリィは確信した。
「もー、なんで言ってくれないのよ」
「昨日の夜、急に話があったんだよ」
クレーザーは昨夜のこと、リンギェが部屋に戻った後のことを思い返す。
「あーーっ! なんなんだよもーー!」
そう言ってソファーに転がったサレキッシモに、クレーザーは苦笑して尋ねた。
「にわか男爵の私には君たちの話は理解できないのだがね。反応を見るにお嬢さんにやり込められたってことなのかい?」
サレキッシモは指でソファーを叩く仕草をしながら答える。
「断れない提案をされたって感じですかねえ。彼女には私の弱みを握られてまして」
「サレキッシモ君が貴族ということかい?」
「気づいてました?」
サレキッシモは頭を上げる。
「こう言ってはなんですが、クレーザー殿に気づかれていたのは少々意外なのですが」
「ナンディオ殿がそうではないかと言っていた」
「なるほど」
サレキッシモは再びソファーの背もたれに頭を預け、言葉を探す。
「んー……まあ、貴族の放蕩息子なんかが家から追放されたり家出して、平民に混じって暮らしてるってことはそれなりにあるんですよ」
「ふむ」
「家が没落することだってありますしね」
「なるほど」
貴族の社交には金がかかる。領地からの税収や王家からの年金もあるが、なんらかの原因、例えば数年に渡る不作などで資金が不足すれば、爵位を返上することもあり得るのだ。
「なので、自分が元貴族だっていうことは別に悟られてもいいんですよ。ほら、どことなく高貴な雰囲気があるのも吟遊詩人としてもウケますし」
サレキッシモはそう言いながら自分の鼻を弾き、クレーザーはふふっと笑う。自分で高貴な雰囲気とか言い出したためだ。
しかしサレキッシモはため息をつく。
「ですがリンギェさんは、私を一瞥しただけでどこの貴族か言い当ててみせたんですよ。ありえねー」
「玉なんとかって言ってたやつかい」
「ターマッキっていう名前なんですよ、秘密にしといてくださいね。まあそれはともかく、彼女私より7つ下なんですけどね。世代違いますし彼女若いですから、当然直接話したことなんてなくて、数年前に一度か二度すれ違った程度なのに」
「それは……」
クレーザーも絶句する。
「どんな記憶力してんだって話ですよ」
「そういう魔法とか?」
「あー、鑑定とか読心とかありますけどね。でも違うかな」
兄であるマグニヴェラーレが魔術師なのだ。リンギェもそうなのかとクレーザーは思ったが、サレキッシモは否定する。
熟達した鑑定魔術や心を読む魔術を使えば人の名前くらい知ることは可能だろう。だが、リンギェからはそこまでの魔力を感じないし、リンギェと会った時、魔術に伴う魔力の流れなどはなかったとサレキッシモは断言できる。そう説明した。
「じゃあ、そのすごいリンギェお嬢さんはなんでサレキッシモくんをパートナーにしたんだい?」
「まず前提として、身内にエスコートを頼めなくなったんですよ」
「それはなぜだい?」
サレキッシモはクレーザーの顔をまじまじと見つめた。察しの悪さに驚いている表情だ。
「なに言ってるんですか。ウニリィさんのせいでしょう」
「ウニリィの?」
「パートナーのいなかった兄さんをとってっちゃったじゃないですか」
「ああ!」
クレーザーはぽんと手を叩いた。
婚約者のいないマグニヴェラーレがリンギェをエスコートしていたのだが、今回はウニリィをエスコートするから頼めないということだ。もちろん、父や他の兄には妻がいる。







