第152話:なんなんだよもー!
サレキッシモはこれみよがしにうへぇ、とでも言いたげな表情を浮かべた。
公爵令嬢を相手にするにはだいぶ不遜な態度である。
リンギェの侍女は苦言を呈そうとしたが、リンギェは特に気を害した様子もなくそれをとどめて、軽く首を傾げてサレキッシモを見つめる。サレキッシモは観念して尋ねた。
「……お嬢様はこのしがない吟遊詩人めに何をお求めで? 私の後援者となり、歌に金を出してくださるというのなら大歓迎ですが」
貴族は画家や音楽家といった芸術家の後援者となる場合も多い。サレキッシモは以前、ウニリィとマグニヴェラーレの恋愛をリンギェの求めに応じて王都で歌ったが、あれはあくまでも短期的な雇われである。
ただ、この場でとうていそんなことを言い出すとは思えないという確信を持っての言葉であった。
「そうですね」
リンギェもそんな話ではないと頷く。そして説明をするでもなく、すっと右手を前に出した。握手を求めるような所作であるが、公爵令嬢がサレキッシモと握手したいと手を出すはずもない。サレキッシモの口元がひくり、と動いた。
「……貴女に仕えろと?」
騎士であれば仕える貴婦人の前に跪き、その手をおしいただくものだが、彼は騎士ではない。従者として仕える時に通常なら手を取ることはないが、サレキッシモが貴族という秘された過去を知るのであるから、あえてそうしたのかと思った。
だが違うようである。リンギェは言う。
「それもいいですね。せっかくならそれも一緒にお願いしましょう」
「本題は別……と」
となれば答えは二つ、実質的には同じことであるので一つしかない。
「私にダンスのお誘いかエスコートを求められる?」
「ええ、そうですわ」
「いつ……いや、なぜ私なのでしょうか」
いつなのかは明らかなので問うのをやめた。ジョーの祝勝会だ。問題はなぜそれをサレキッシモに依頼するのかだ。
「理由は色々と複雑なのですが……」
「端的にお願いします」
今は夜遅い。未婚の貴族令嬢がこんな時間に男の部屋に長居したとなれば問題なのだ。
「ちょうど手頃ですので」
端的にすぎた。手頃、手頃ときたか。とサレキッシモは思考を巡らせる。リンギェが何を手頃と言っているのかが問題で、もしこちらの理由であれば断らねばならない。サレキッシモは尋ねる。
「それは私の出自がですか? だとするとそのお手を取ることはできませんが」
「いえ、サレキッシモが手頃なのです」
「神に誓って?」
「ええ、何にでも誓いましょう」
ウィスケイ侯爵家のターマッキが求められたのであれば、サレキッシモは全てをなげうってこの場から即座に逃亡したであろう。だがリンギェはそうではない、ターマッキではなくサレキッシモを求めていると言った。
サレキッシモはそこに嘘がないか見透かすつもりでリンギェを見つめる。幼く、折れそうなくらい繊細な少女である。だが、その知性は大人顔負けで、貴族らしい駆け引きにも長けていることを知っている。
それでも。それでもリンギェの瞳には追い詰められてサレキッシモしか頼る者がいない。そんな儚さを感じさせた。それすらも彼女の演出かもしれないが、それを断る術はサレキッシモにはなかった。
サレキッシモは跪き、彼女の手を取る。
「私を選んでくださいましたこと、光栄にございます」
サレキッシモはリンギェの手の甲を上に向けさせると、その指先に唇を寄せた。
「ありがとう」
リンギェの手がするりと抜ける。
はあっ、とため息をついてサレキッシモは立ち上がった。
「明日からそちらに伺えばよろしいですか?」
仕えるという話だ。リンギェはにっこりと笑みを浮かべて言う。
「ええ、お願いします。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
リンギェは踵を返し、侍女が扉を開けた。彼女が部屋から出ていくのをサレキッシモとクレーザーは頭を下げて礼をとる。
「そうそう」
リンギェが開いた扉の向こう、廊下で振り返って言う。
「『手頃』の一言でここまで察して、私の手を取ってくれる貴方はとても素敵ですよ」
扉が閉じ、部屋に静寂が戻る。
クレーザーがサレキッシモを見上げた。時計の秒針が一周するほどの時間の後に、サレキッシモが叫んだ。
「あーーっ! なんなんだよもーー!」
そのままごろりとソファーの上に転がったのだった。
その翌日、公爵家の家族揃っての朝食にウニリィとクレーザーも招かれて同席している。
「あれ?」
席についてすぐ、ウニリィが思わず声をあげた。
「なんでサレキッシモさんそっちにいるの?」
サレキッシモはウニリィの従者としてきているのだ。昨日まではウニリィの背後に控えていた。それが今日はウニリィが椅子に座った状態で、正面に見えるというのはおかしなことである。彼は公爵家の従者らと共に壁際に控えていた。
彼は一度慇懃に頭を下げると、口元に笑みを浮かべて言う。
「すいませんね、ウニリィさん。今日から私、リンギェお嬢様の従者なので」
「うふふ、とっちゃいました」
リンギェも肯定し、ウニリィは驚愕する。
「えええ、略奪!?」







