第151話:話は聞かせてもらった!
「お暇ってのは……」
クレーザーは酔いの回った頭で考える。だがサレキッシモは先に言葉を継いだ。
「カカオ家にずいぶん長く居座らせていただきましたからね。そろそろ出ようと思うのです」
「別に迷惑ではないぞ?」
サレキッシモはカカオ家に滞在していてもスライムの世話の手伝いはほとんどしていない。マサクィがコマプレースのギルドに行ったりして人手が不足しているときにちょっと手伝ったりなどはあるが、普段はエバラン村をぶらぶら歩いてジョーやウニリィの話などを聞き出したり村の広場で歌ったりしている程度だ。
とはいえ役に立っていないかといえば、全くそんな事はないとクレーザーは思う。クレーザーに紳士の礼儀作法を教えたり、こうして出かければ御者や従者の真似事もしてくれているのだ。そして何より雰囲気が明るくなる。
サレキッシモは腰を叩いた。今はしていないが普段なら細身の剣を吊るしているところだ。
「一応、護衛という名目でね、ナンディオ殿やマグニヴェラーレ殿からカカオ家にいるよう依頼されていた訳ですよ。幸い、剣を振る機会はありませんでしたが」
「うむ」
サレキッシモは肩を竦める。
「しかし、もう私が護衛や従者の代用としてエバラン村に逗留する必要はないでしょう。マグニヴェラーレ殿から十分な賃金もいただきましたしね」
キーシュ家にとってエバラン村はジョーの故郷であるという間接的な価値しかなかった。マグニヴェラーレはウニリィを大切に思えど、王城勤めの子爵である。エバラン村を本腰入れて守るかというとそうではない。
だが王家やミドー家という王族や上位貴族がエバラン村の価値を高く評価した。彼らはその資金力を以ってエバラン村に兵や従者を駐留させるだろう。さらに言えばウニリィのスライムたちも強化され、最近ではゴリラまでいる。サレキッシモが護衛の真似事をする必要はもうないのだ。
サレキッシモはそう説明した。
「ふーむ、まあそうなのかもしれないが……」
クレーザーはもう一杯水を飲んで、頭を振って酔いを覚まそうとした。
「自分から見てではあるが、サレキッシモ君はエバラン村を楽しんでくれていたと思うが」
「ええ。あそこは人も、環境も良いところです。もちろんスライムたちもね」
サレキッシモは力強くクレーザーの言葉を肯定した。
「でも行くのかね?」
「カカオ家の従者として、あるいは村の牧人としてエバラン村で生きていくことはできるでしょうし楽しいでしょう。ですが私は吟遊詩人なので」
クレーザーは笑う。
「村の酒場じゃ満足できんか」
「村の酒場が悪いわけではないですが、ひと所に居続けられる気質じゃあないのですよ。ジョー殿の話も聞けましたしね」
サレキッシモは旅の途中、初めて立ち寄った宿屋や酒場で歌って日銭を稼ぐのも好きではある。ただ、長期滞在となると話は別だ。歌のネタを仕入れるためにしばらく滞在することもあるが、エバラン村でジョーの過去の話はだいたいクレーザーや村人たちから手に入れることができた。
「なるほどなあ。出ていってどうするんだ?」
「あまり先は考えていませんが、まずは王都で歌おうかと」
このタイミングで切り出したのはそのせいもあるのかとクレーザーは理解した。
サレキッシモと初めて会ったのはルナジのあたりの飯屋であったが、またあのようにしてエバラン村で作った新曲でも披露するのだろう。
「このこと、ウニリィには?」
サレキッシモはここで初めて困ったような表情を浮かべた。
「それがまだでして。言うと引き止められそうなんですよね」
まあそうかもな、とクレーザーも思う。
吟遊詩人の仕事や生き様ということについて理解を示さないほど狭量な娘ではないが、悲しみはするだろう。特にジョーがまた出ていったばかりというのもある。
「まあ、エバラン村に戻ってこないというわけでもないんだろう?」
「ええ、もちろんですとも」
ウニリィとマグニヴェラーレの話だって仕入れに行きたいし、逆にジョーやウニリィの母であるユーチェレクについての話を仕入れられえたら伝えてやりたいとも思っている。
「ならウニリィだってとやかく言うまいよ」
「ですかねー」
そんな話をしている時である。
ばぁん、と客間の扉が開かれた。
「話は聞かせてもらいましてよ!」
リンギェであった。
「おや、リンギェお嬢様。こんな遅くに」
クレーザーは慌てて立ち上がって礼をとる。
サレキッシモは「げっ」とうめき声を漏らして咳払いをした。
「こんな遅くまで起きているのも、殿方の部屋に入ってくるのも問題ですぞ」
そう苦言を呈するし、リンギェの背後に従っている侍女もそれにはうんうんと頷いたが、リンギェは気にする様子もなくサレキッシモの正面に立った。
「話を逸らそうと思っても無駄よ。何も言わず私の元から逃げられるとお思いかしら、ターマッ……」
「げほごほ!」
サレキッシモはわざとらしく大きな咳払いで言葉を遮った。
「玉?」
クレーザーが首を傾げた。サレキッシモはウィスケイ侯爵家のターマッキであるということをクレーザーたちに話してはいないのだ。つまり、リンギェには弱点を押さえられていると言ってよい。
リンギェは手にしていた扇の先で、とんとサレキッシモの胸を突く。
「お時間がおありなら、私から仕事を依頼したいのです」
ξ˚⊿˚)ξ幼女に弱点を握られている系吟遊詩人。







