第149話:ゆで卵専用……!
イェッドニア王国の王家及びキーシュとミドーの二大公爵家はその祖を王国の初代王ファミンアーリに持つ縁戚関係にある。
それ故か、あるいは高き地位にあるものは似るものか、一族の多くが多趣味であったり学問に長じたりと知識人を多く輩出する。
諸国漫遊、世直しの旅で有名なイエローゲイツ・ミドーもその旅路でこの国の文化や民話を収集して『大イェッドニア王国史』という書に纏めたのだ。
マグニヴェラーレのように魔術に傾倒するものも珍しくはない。公爵令息でありながら宮廷魔術師への就職が認められているのもそうした前例があるからだ。
また彼らの優れているところは、その知識を自らのものとするだけではないことである。教育にも力を入れたことである。
実際、王国の平民たちの識字率は周辺諸国よりも圧倒的に高い。ウニリィがまだ平民であった頃から第一の都市文学などに興じられているのも、そのためといって良い。
さて、王家と二大公爵家の者たちの似た性質というものがもう一つある。
「こちら、カカオ様よりいただきました卵でつくりました、ゆで卵でございます」
「おおお……」
執事の声に、ミドー家の者たちが感嘆の声を上げた。
ウニリィとクレーザーは困惑の表情を浮かべ、マグニヴェラーレが苦笑する。
「クレーザー殿、申し訳ない」
「いや、構いませんが……」
クレーザーがミドー家についてすぐ、彼は厨房に連れて行かれたのだった。食材の説明を料理長が求めたためである。
そして持ってきた食材を説明し……そこで味見した料理長が美味さに叫んだために、ミドー家の興味はさらに増した。説明を終えて移動による埃を落とせば、今度はすぐに食堂に連れてこられたのである。
そう、彼らの性質。王族も公爵家も、美食や珍しい食べ物に目がないのであった。名目的には食文化への見聞を広めること、民を豊かにすることと言うが、多分に彼らの趣味である。
なんといっても初代王、神君とまで言われ存在が神格化されているファミンアーリ王ですら、死因は鯛を揚げたフリットの食あたりというのであるから筋金入りであった。
「……今度はゆで卵」
ウニリィは呟いた。
「国王陛下に何も入ってないオムレツを献上したかと思ったら、今度は公爵閣下に茹でただけの卵を献上することになった件」
そう続けたためマグニヴェラーレが笑う。
オムレツを献上した時と同じように、執事が料理長曰く素材の味をそのまま確かめて欲しいとのことでうんぬんと説明している。
「では早速いただこう。カカオ卿、ウニリィ嬢に感謝して」
「あ、ああ。いえいえ。召し上がってください」
公爵家一同に頭を下げられ、クレーザーは恐縮した。
さて、卵である。
ウニリィは内心、むぅんと唸る。広いテーブルだ。巨大なテーブル、そこにかけられたクロスには精緻な刺繍が施された美術品。そこに集まる、高貴で美しき公爵家の方々の前には豪華な料理が広がるではなく、なぜかエバラン村でとれた卵がちょんと一つ置かれているのみである。珍妙な光景であった。
「でもたかが卵なのに……」
もちろん平民だって卵は食べる。鮮度や衛生、強度の問題があるのであまり長距離の移送には向かないが、鶏を育てていない農家というのも少ない。そしてゆで卵は最も単純な料理の一つである。
茹でた卵を机にでも打ちつけてヒビを入れ、パラパラと殻を落とし、塩でもぱらりとふってかぶりつくだけだ。
だがそれがどうだろう。
まず卵が立っている。杯よりも小さい器、ちょうど卵の下半分が収まるようにつくられた専門の器の上に卵が鎮座している。ウニリィが人生で初めて見る食器、エッグスタンドであった。
そして、ちょうど卵を掬うのにちょうど良い大きさのスプーンが置かれている。しかも明らかに銀製である。
「ゆで卵専用の食器……!」
ウニリィとクレーザーはおののいた。
彼らはレンティヌラ公爵に視線をやる。公爵閣下はこの素敵なテーブルに卵を打ちつけて割るのであろうか?
だが彼の手には謎の棒が握られている。棒の先にはカップがついていて、公爵は卵にそのカップを被せた。ゆで卵が帽子を被り、その上から棒が真上に伸びているように見える。
棒には金属の球が取り付けられている。ビーズ状の穴の空いた球が棒に取り付けられているのだ。そろばんの珠のようなものである。
よもや計算をしだすわけではあるまい。何をするんだろうとウニリィはレンティヌラの手元を凝視する。 レンティヌラはじっとこちらを見る彼女に、片目をつぶってみせると、気取った手つきで球を持ち上げて、ぱっと離した。
カチンと金属のぶつかる音がした。
そして彼が棒を持ち上げると、卵の上部の殻が綺麗に剥がれていたのである。
「すごいっ……」
「ゆで卵を割る専用の道具……!」
ウニリィたちは再び戦慄した。
マグニヴェラーレは笑って告げる。
「エッグ・シェル・ブレーカーですね」
「えっぐしぇるぶれーかー……!」
ウニリィたちはそんな道具があることに驚いた。
「旨いっ……!」
一方の公爵閣下は卵を口に運び、その美味しさに戦慄して叫んだのだった。







