第148話:取って食われるわけでもあるまい。
クレーザーはマグニヴェラーレ自身から聞いていた。
『貴族というのは普通なら男の長子相続が当然です。平民でもそうでしょう』
『そうだな。うちはそうはならなかったがね』
この国、あるいは近隣諸国においても長男が家を継ぐのが一般的だ。
『ジョーシュトラウム殿は自ら家を興されましたからね。そういった特例や、健康上の問題などなければ長男が継ぎます』
『うむ、それはそうだ』
『ミドー公爵家だってそうです。長兄、ボルチーノは心身共に健康で、学力や性格だってなんの問題もない』
『ふむ』
クレーザーはそれならばなぜそんな話を? と思った。だがマグニヴェラーレは肩をすくめるようにしながらこう続けた。
『にもかかわらず、次兄や私を当主に担ぎたがる奴らがいるのです』
『それは……なぜだか聞いてもよいものかい?』
『長兄の周囲は当然ですが譜代の腹心たちが固めています。成り上がろうとする者たちや、あるいはミドー公爵家の力を削ごうとする者が私たちに擦り寄ってくるのですよ』
むーん、とクレーザーは唸った。マグニヴェラーレは続ける。
『それに辟易して次兄は軍に身を投じることで、私は魔術師として身を立てることで家から距離を置きました』
『君も大変なんだなぁ』
マグニヴェラーレはふ、と笑う。
『ですので、兄が妻を娶り、彼女が子を成すまで私は婚約などを避けていました。ここまでは家族の皆も理解していますし、私に負い目を感じさせてしまっているところです。ですが……』
『ですが?』
『もう兄の継承万全であるのに、私が魔術にのめり込んでしまって社交に、女性に興味を失ってしまったのが困ったところで』
『おおう』
『なので、私がウニリィさんという女性に興味を持った。それだけで両親や家族としては快挙なのです。ですからクレーザー殿もウニリィさんも、うちの家族は歓迎しますよ』
クレーザーは尋ねた。
『それが新興の貴族家であっても?』
『新興の貴族家であってもです』
なので、クレーザーはミドー家の使者がやってきた時も、マグニヴェラーレの家ではなくミドー家の王都邸、庭園付きの大豪邸に滞在してくれと言われた時も、驚きこそしたが、そこまで緊張することもなかったのだ。
『だ、大丈夫っすか?』
『ウホホ?』
『なに、取って食われるわけでもあるまい』
マサクィたちに心配げに問われて、そう返す余裕すらあった。
だが……。
「ようこそお越しくださいました、カカオ卿!」
豪邸の門をくぐれば、自分よりもずっと身だしなみの整った執事にそう挨拶を受け、邸宅へと向かう道の左右には使用人たちがずらりと並び、微動だにせず自分に向けて頭を垂れている。
そしてその人垣の向こうにはミドー家の一家が揃って自分を見つめている。
彼らは誰もが美形である。視線の圧が強い。
「ひぇっ」
取って食われるかもしれん。クレーザーは身の危険を感じた。
当たり前だ。家の前まで歓迎のために待っているということはあり得る。だが、王族にすら近い公爵家の人間たちが、平民に近いなりたての男爵をこうして出迎えるはずがあろうか。逆ならわかるが。
公爵一家に混じってウニリィがのほほんと立ち、その背後に緑色のスライムの巨体がふるふると揺れてなければ思わず逃げ出したかもしれなかった。
「よくぞお越しくださいました、カカオ卿! お会いできる日を今か今かと待ち望んでおりましたぞ!」
公爵家当主であるレンティヌラが、馬車から降りたクレーザーを気さくな感じで出迎える。
「は、はじめまして閣下。こちらこそお目にかかり光栄でございます」
「そう緊張なさるな。我々は家族となるのですからな」
レンティヌラはクレーザーの手を取ってしっかりと握った。
ミドー家の当主がここまで誰かを歓迎することなどそうそう見られるものではない。しかもなんならもうウニリィとマグニヴェラーレの結婚を既定路線としたような口ぶりである。まだ婚約すらしていないというのに。
公爵家の一同の自己紹介を受け、クレーザーがそれに緊張しながら返事をしていると、ウニリィが寄ってきた。
「お父さん」
「おお、ウニリィ」
これはどうしたことだ? そう問いたいがその問い自体が失礼になってしまう。クレーザーがどう言おうか悩んでいるところで、ウニリィが視線を逸らした。その先にはクレーザーの馬車がある。
クレーザーが乗ってきた公爵家の馬車ではなく、その後ろを走らせてきた荷馬車の方を。
「ご挨拶のお土産は持ってきてくれた?」
「うん? ああ。大したものではなくて申し訳ないがうちで作っているスライム製品と……」
うんうんとレンティヌラたちが頷く。
「それと村でとれた農産物を」
公爵家の一同が身を乗り出した。クレーザーは一歩後ずさった。
公爵夫人のトリュフィーヌがおっとりとした口調で問う。
「それは、カカオ家の特別な製法というものなのかしら」
ゆっくりと、落ち着いた上品な口調だ。だが、クレーザーはまるで蜘蛛の糸に絡め取られたかのような威圧感を受けた。
「どうなのでしょう?」
不穏な気配を感じ、クレーザーはガクガクと頷いた。
トリュフィーヌは今の気配が全くの嘘であるように、ぱっと笑みを浮かべて、使用人たちにもてなしを指示するのであった。
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