第147話:ゴリラ女に思われるのでは?
「がっでむ!」
そう叫んで天を仰いだウニリィに対し、レンティヌラはそれをたしなめる。
「ウニリィさん、そういった神を呪うような言葉を使うべきではないよ」
「う……すいません」
別に神を呪いたくてそう言ってる訳ではないし、むしろ呪ってるのは神ではなくジョーである。
平民の間ではしばしば使われる表現である。宮廷魔術師として平民出身の魔術師や役人とも話すことの多いマグニヴェラーレは気にしないが、純粋な貴族はこういう表現を避けるものだ。ウニリィも貴族であるならそうすべきである。
「まあ、できるだけで構わないからね」
ただ、レンティヌラとしても彼女が言葉遣いを守るのは難しいであろうなとも思う。なんといっても、カカオ家は貴族になってもスライム職人を続ける、平民に混じって農村で過ごし続けるというのだから。
だから彼はそう言った。ウニリィはほっと安堵の息を吐く。
「まあ、ジョーシュトラウム卿もウニリィさんが物理的な力を有していること、カカオ家やエバラン村に手を出せばどうなるかということを貴族たちに示す意図なのであろう」
「うーん」
ウニリィはどうにもジョーがそういった思考をしているというのには懐疑的である。だがそれは別としても。
「そうだとしても、私がパンチで鎧も壊すゴリラ女に思われるのでは?」
レンティヌラとボルチーノはさっと目を逸らした。
「あなた?」
トリュフィーヌが低い声で夫を呼ぶ。レンティヌラは咳払いを一つ。
「い、いや。可愛らしいお嬢さんであると社交界では言っておくようにしよう。そうしよう」
ボルチーノも頷く。
「はい、そうですね。ただ実際、エバラン村を狙おうとしている家は片手で数える以上にあるのですよ」
「ひぇー」
「私は聞いてませんよ?」
マグニヴェラーレが驚きの声をあげた。父は顔をしかめる。
「お前が知ると実力行使に出かねないからな……」
「それは当然でしょう」
「武力衝突の前に穏当に交渉で済ませるのも重要なのだ。そういう意味ではジョーシュトラウム卿の方が理性的であるぞ」
当然のことである。だがマグニヴェラーレはウニリィのことになると過激であるというのももう父もわかっているのだった。
ふーむ、とマグニヴェラーレは唸った。
「何か気になることが?」
「いや、父上や兄上の言うことも、ジョーシュトラウム殿……あるいはそれはアレクサンドラ嬢の考えかもしれませんが、それは正しいでしょう」
マグニヴェラーレはそう言ってからウニリィとスライムを見つめる。
ふるふる。
ウニリィは首を傾げ、スライムはその身を揺らした。
「それでも私は断言しておきましょう。ウニリィ嬢の、クレーザー殿の、スライムたちの価値はそれで収まるようなものではないと」
ミドー家の皆の視線がウニリィに集まり、ウニリィはぶんぶんと首を横に振った。
「それはお前がウニリィ嬢に惚れているからではなく?」
「違います。いえ、その能力まで込みで惚れていると言うのであればそうなのですが」
「ぴえー」
またウニリィがぴえーと鳴いているとリンギェは笑う。マグニヴェラーレは続ける。
「まずは先ほど父上たちが驚いた通り、王種に至るスライムをテイムしているのですよ。前代未聞です」
スライムは自慢げにふるりと身を揺らした。
「うむ、まあそれはそうだ。確かに唯一無二ではあろう。だが、それは手出ししづらくなるという方向性では?」
強力な魔獣であるというなら、それに手を出すのは避けるのが当然である。
だがマグニヴェラーレはそうではないと首を横に振る。なぜ人は竜を討伐しようとするのか。名誉もあろう、だがその身体には大きな価値があり、あるいは彼らが巣に財宝を蓄えるからである。つまり強力な魔獣を倒してでも手に入れたい価値がそこにはあるとマグニヴェラーレは言う。
「つまりその村やスライムに価値があると? そういえば王家がエバラン村で直轄事業をするという話があったな。何やら畜産物が美味であるとか?」
オムレツを献上した件の話だ。詳細は伝わっていないが、陛下が大変にエバラン村の卵を褒めていたという。
当然ながら伝聞では味が伝わらない。マグニヴェラーレや王がそこまで評価しているといっても、それがどれほどかはわからないのだ。
「それもまた、エバラン村の価値を極めて高める要因でしょうな。あれは美味い」
ウニリィは頷いた。ミドー家の者は首を傾げるのでマグニヴェラーレは重ねて言う。
「想像をはるかに超えてくる味ですよ」
誰かがごくり、と唾を飲んだ。トリュフィーヌが問う。
「私たちにはその卵はないのかしら?」
「クレーザー殿が近日中にこちらにやってきますが、その時にエバラン村で特殊な育成をした野菜や牛乳といった食材を持ってきてくれるはずです」
さて、クレーザーが王都にやってきたのは翌々日のことである。
クレーザーはマグニヴェラーレの屋敷に向かう予定であったが、出立の直前にミドー家から使いがやってきて、ミドー家に向かうようにという指示があったのだった。
しかも黒塗りの公爵家の馬車までやってきたのである。
荷物は荷馬車に載せ、クレーザーは何もわからぬまま公爵家の馬車に乗せられ、緊張と混乱でガチガチになりながら王都に連れて行かれたのだ。
「皆様、初めまして。ジョーとウニリィの父、クレーザー・カカオと申します……ひぇっ」
ミドー家に着いたクレーザーの前にはミドー家の家族が揃って、ぎらぎらと情熱的な視線で彼を出迎えたのであった。







