第146話:公爵令嬢として終わる気がするから。
「なんですのこれ!」
「ドリー、これはな。レタスっていうんだぜ」
「知ってるわよ!」
アレクサンドラの叫びにジョーが勿体ぶって答えるが、そんなことははじめからわかっている。
そしてこれは、美味しいとかどうとかいうレベルの話ではない。美味しすぎる。
アレクサンドラは無言でジョーの手からレタスを1枚ちぎり、再びもそもそと食べた。
ジョーとナンディオもレタスをちぎって食べ、天幕の中には三人がレタスを齧るシャキシャキとした音が響く。
ジョーはレタスを2枚ほど食べると、ごそごそとカバンから白くて葉っぱのついたものを取り出した。
「カブもあるぜ」
アレクサンドラは眉間にしわを寄せ、カブを見つめてうなった。
「……それにかじりついたら公爵令嬢として終わる気がするから後でね」
カブ齧る令嬢はレタス齧る令嬢よりマズい気がするアレクサンドラであった。
「で、なんなのかしらこれ」
「妹のウニリィがよ。なんかスライム進化させたら質の良い牧草やら美味い野菜を作れるようになったらしくてな」
「それにしてもこれは……」
「しかも1日でできる」
アレクサンドラの表情からすっと感情が消えた。表情から情報を与えない、貴族としての仮面だ。
「危険では?」
「だろうな」
スライムの魔力を使うようなので、実際には毎日これができる訳ではないにせよ、政治的にも軍事的にもこれが極めて有用なのはジョーにだってわかる。これでも軍を従えてるのだ。部下に食わせる飯の重要性は言うまでもない。
「なぜそれをわたくしへのお土産にしてしまうのです……」
アレクサンドラはウニリィの危機感のなさを嘆いた。
「ドリー、俺だってそう思ったさ」
「ですよね」
だがジョーは首を横に振る。
「だけどウニリィはよ。俺とは違ってバカじゃあないんだ。なんでドリーに食わせたいかって、『ここに美味しいのあれば、アレクサンドラさんもここにきたくなるかな』って言ってたぜ」
「……そうなのですね」
男爵令嬢が、それも屋敷もなく田舎住まいの彼女が、公爵令嬢を家に呼びつけることなどできようがない。
アレクサンドラだって、王都でジョーの家族と会うことしか考えていなかったのだ。
それでも。ウニリィはアレクサンドラを彼女とジョーの母親の墓前に挨拶させたいというその目的のためにこの野菜を送ってきたということだ。
アレクサンドラ自身からエバラン村に行きたいと言わせるために。
ジョーは笑う。
「卵と牛乳はさ。生ものだから持って来られなかったんだよな。チョー美味かったんだけど」
「ぐぬぬ」
そりゃあ、馬で急ぐのに卵は持てないだろうし、牛乳で公爵令嬢の腹を壊したとなれば大事である。
だが、これだってエバラン村にくれば他にも美味しいのあるよ? とウニリィが煽ってきているようなものだ。
アレクサンドラは思わず出てしまった貴族としての無表情を崩して、観念したように言う。
「わかりましたわ」
「ん?」
「ジョーの故郷に寄る時間は捻出しましょう」
「そっか」
その時、天幕の外から声がかけられる。
「ジョーシュトラウム卿の換えの鎧をお持ちしました!」
ナンディオがそれを引き取り、アレクサンドラはその様子を眺めながら、ふむ、と考える。
「……ジョー、着替えないでそのままの格好で凱旋しましょうか」
さて翌日、軍はファセンタの町を出発して東へ、王都チヨディアへと凱旋を果たす。
そしてパレードののち、国王陛下と謁見し、その場でジョーは王から労いの言葉を賜り、そして問われた。
「ジョーシュトラウムよ、そうも鎧が損壊するとは、よほどの激戦であったのだな」
「畏れながら申し上げます、王よ。それが違うのです」
畏れながら申し上げてるのは良いが、呼びかけは王よ、ではなく陛下である。
その場にいた貴族たちは気を揉むが、国王陛下はそれに気にした様子はなく続ける。
「戦は激戦ではなかったと?」
「いえ、戦は確かに困難なものでした。敵は強く、裏切りもありました。それは間違いないのですが……鎧は戦でボロボロになったのではないのです」
「ふむ? ……ではどうしたのだ?」
ジョーは笑みを浮かべて答える。
「これは戦ではなく妹にやられたのです」
「ほう? 確かに余は汝に帰参の途中で故郷に立ち寄るよう伝えたが」
「はい、何年も離れていた実家に戻りました。『どこほっつき歩いてるのよ!』と妹に殴られた結果がこれでございます」
王は高らかに笑い、貴族たちは騒然とした。妹もまた英傑なのかと。
これがアレクサンドラの計略であった。
ウニリィとクレーザーは、あるいはエバラン村は、ジョーの家族や故郷であるという以上に価値が高すぎる。
にもかかわらず現状ではろくな守りもなく、これはくみしやすいと思われる。つまりなめてかかられるということである。
……実際には無数のスライムとゴリラに守られているが。
ともあれ、貴族社会に強く牽制を入れたのだった。
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