第145話:草でも食わせておけ!
少し前、ジョーは数年ぶりに故郷であるエバラン村に帰郷していた。そして父であるクレーザーや妹のウニリィと再会したのであるが、再会するなりウニリィの怒りの拳が炸裂したのであった。
『どこ5年もほっつき歩いてたのよ!』
そう叫びながら繰り出された拳。並の女性よりは力があるといえども女の拳である。だが、それにスライムたちが纏わりつき、爆発する岩の拳を射出した。
ジョーはそれを腹で受け、耐えはしたが、金属で補強され硬く煮しめた革鎧にヒビが入るほどの衝撃だった。
その後も四匹のスライム将軍と運動したり、ヘルフレイムゴリラのニャッポさんと戦う羽目にもなり、ジョーの鎧は形こそ残っているものの戦闘では使えない程度にボロボロになった。
エバラン村を離れ、ナンディオに連れられて軍へと戻ったジョーであるが、当然その姿を見て驚かれるのである。
「隊長! どうしたんすかそれ!」
「何に襲われたんすか!?」
直属の部下たちが心配そうに駆け寄って声をかけてくるが、大丈夫大丈夫とジョーは手を振る。
「ジョー、おかえりなさ……どうしたのそれ!」
「おー、ドリー。ただいま」
輜重部隊に混じって軍に帯同していた公爵家の姫、アレクサンドラもジョーを出迎えにきて驚きの声を上げた。
ジョーが元気に手を上げて返事をするのでほっと胸を撫で下ろすが、なぜそんな事態になっているのかは気になるところだ。彼と天幕に引っ込んだ後に何があったか改めて尋ねる。
「それがさぁ……」
ジョーは村に帰った後のことを説明する。アレクサンドラは悲しげな表情を浮かべた。
「……妹さんはジョーのことを恨んでいるのかしら?」
「いや、そういうんじゃないぜ。ただまあケジメってやつさ」
ナンディオも頷き、言葉を継ぐ。
「ウニリィ殿はジョー殿を敬愛していますよ。ただ、家の仕事を放って出ていき、手紙一つ送ってないことに関しては一発くらい殴らなければというだけで」
「そうそう」
「それならいいけど」
アレクサンドラはそう言うと、振り返って自身の部下に告げた。
「ジョーの代えの鎧を用意して」
「はっ」
騎士の鎧というものはその体格に合わせたオーダーメイドであり、そうそう代えなど用意できるものではない。ジョーのそれは全身を金属で覆うプレート・アーマーではなく金属で補強した革鎧であるが、その価値は決してそれに劣るものではない。使われている革が魔獣のものだからである。
その予備があるというのはアレクサンドラが、あるいは彼女の実家であるミドー家がジョーを強力に支援しているからに他なるまい。
アレクサンドラはどことなく落ち着かない様子だ。
ナンディオは言う。
「……大丈夫ですよ。ウニリィ殿もクレーザー殿も、アレクサンドラ姫に悪い感情を抱いていることはございません」
「……そうかしら?」
ジョーを彼らのもとから、また遠くに連れて行ってしまうのは、自分であると感じたためであった。
「大丈夫だ、ドリー。そういや、土産があるんだ」
「お土産? なにかしら」
ちょっと期待したアレクサンドラの顔が失望に染まる。
渡されたのがレタス一玉だったからである。
「えっと……」
「ウニリィからだ」
アレクサンドラの顔色が一層悪くなる。
「わたくしなんかには、草でも食わせておけ! ……ってこと?」
アレクサンドラの想像上のウニリィがほほほほー、と高笑いしてレタスを投げつけてくる。ジョーは笑った。
「ちげえよ。ま、食えばわかる」
アレクサンドラはじいっと手の上のレタスを見つめて固まる。
ジョーのために戦場にもついてくるようにもなって、地位や礼儀作法が通用しない世界というのにも多少は慣れてきている。だがそれでも、生のレタス渡されてドレッシングもフォークも皿もなく食えと言われるのは、公爵家の姫にとって初めての経験であった。
「しょうがねえな」
動かなくなったアレクサンドラの手からジョーはレタスを取りあげると、親指を中心に突き込んでめきっと割る。
アレクサンドラは驚愕した。
ジョーの怪力に、ではない。ジョーがレタスをわった瞬間、清潔にしてあるとはいえどことなく埃っぽく感じる天幕の中が、まるで初夏の森にピクニックにでも来ているような、そんな瑞々しい香りに満たされたような気がしたからである。
「ほれ」
ジョーが一枚の葉っぱをちぎってアレクサンドラの顔の前にちらつかせる。アレクサンドラはその端っこに小さく齧りつき、くわっと目を開いたかと思うと勢いよく口を動かし始めた。
貴族令嬢たるもの、はしたなく大きく口を開くようなことはしない。だが、一心不乱にジョーの持つレタスを齧り続ける。
ジョーとナンディオは思った。『リスみたいだな』と。
葉っぱを一枚食べ終えたアレクサンドラは、ほう、とため息を吐いた。
社交界であれば、その仕草に幾人もの男たちが恋に落ちたかもしれない。だが、彼女の食べたのはレタスである。
「うまいだろ」
「そんなレベルの話ではありませんわ!」
アレクサンドラは立ち上がって叫んだのだった。







