第141話:いやマグニヴェラーレ卿だ!
マグニヴェラーレが転移した先は王都の自宅、オーウォシュ邸である。
「誰かいるか?」
「おかえりなさいませ。お早いですね」
執事のアルフレドは突如玄関ホールに現れた主人に驚いた様子も見せず、彼の帰還に頭を下げた。
エードンブルク城の鐘の音は町でも城に近いこの家からも聞こえるが、鐘が鳴り始めるのと全く同時だった。
ちなみに当然だが、魔術塔の側の馬車止めにはオーウォシュ家の馬車を待たせている。御者と従者が待ちぼうけしているはずであった。
マグニヴェラーレは宮廷魔術師の正装であるローブを脱いでアルフレドに渡しながら尋ねる。
「うむ。ウニリィ嬢は?」
「ご無事です」
アルフレドは端的に答えた。主人が一番求めている言葉から発し、そして続ける。
「リンギェお嬢様がテイマーギルドからウニリィ様の身柄を引き受けられ、お嬢様がたはそのまま本家に向かわれました」
本家とはミドー家のことである。もちろん領地の城ではなく、コストンカワにあるミドー家の王都邸に向かったということだ。
「そうか」
「馬車を用意しますか?」
マグニヴェラーレがすぐにそちらに向かおうとするのは明らかである。
彼は苦笑した。
「馬車はあるのか?」
「予備のもので、私の運転でよければすぐにでも」
ミドーは公爵家であるが、ここはマグニヴェラーレが一人で暮らす館である。専用の御者も一名しか雇っていないのだ。そして彼が王城にいるとマグニヴェラーレも気づいたのである。
彼はポケットから魔力結晶を取り出すと握って砕き、魔力を回復させる。
「いや、飛んで行こう。しばらく向こうに泊まることになるだろうから、用意して後から来てくれ。あと、城に残してしまった者たちにはすまぬと」
「畏まりました」
マグニヴェラーレはジャケットを羽織り、香水を軽く吹いて身だしなみを整えると、夕方の王都の空へと飛び出して行った。
「いってらっしゃいませ」
アルフレドは主人の背に頭を下げ、近くに寄ってきた別の使用人に笑う。
「緊急時以外の飛行魔術は禁止されているのですけどね」
「ダメじゃないですか」
「宮廷魔術師次席たる主人を咎める者もいないでしょうが、いたとして保護している令嬢の危機と強弁するでしょう。あなたは王城に連絡を」
さて、マグニヴェラーレは王都の空を飛び、住民たちに「空を見ろ! 鳥だ。ドラゴンだ。いやマグニヴェラーレ卿だ!」などと驚かせながらミドー家へと向かう。
こちらを見上げて敬礼する門番に軽く手を振って、庭園に降り立った。
魔術師である彼には、大きな魔力がそこに感じられるためである。むろん、ウニリィのスライムだ。
うにょん。
緑色の巨体が身を揺らした。
「お、おお? スライム……ウインドエレメントスライムか」
魔力で存在はわかっていても、華美な庭園にでっかいのがそのまま鎮座しているとは思っていなかった。
場所は庭園の噴水のそばである。どうやら水飛沫がとんでくるので快適であるらしい。
「ウニリィ嬢、お前の主人はどこだ?」
スライムはにょろんと体の一部を伸ばして屋敷の方を示した。
「そうか……なんだ」
マグニヴェラーレは屋敷の方に足を向けるが、スライムはうにょうにょとマグニヴェラーレの行手を遮るように触手を伸ばす。
うにょうにょふるふるふにょん。
「何やら伝えたいことがあるのはわかるが、私はテイマーではないからな。さすがにわからんぞ」
スライムは残念とひらぺったくなった。
「ウニリィ嬢のいる時にでも通訳してもらってくれ。それじゃあまたな」
マグニヴェラーレは庭園を突っ切り屋敷へ。公爵家の使用人たちは当然彼の顔を知っているので、皆丁寧な挨拶をする。
「私の客人がこちらにいるか?」
「ウニリィ・カカオ嬢ですね。いらしてます。こちらへ」
そうして通されたのは小食堂の一つである。客人を招いての軽食や茶会に使用される部屋であった。
「失礼する」
「あ、ヴェラーレさん」
返ってきたのはウニリィの声である。
「ウニリィ嬢……?」
「そうですよ、似合いません……か?」
部屋に入ったマグニヴェラーレの目に映ったのは、ドレス姿のウニリィであった。桃色やそれに近い色のオーガンジーを幾重にも重ねてグラデーションさせたドレスをふわりと身に纏っている。宝飾品はあまり使わず、だが質の良いものがアクセントとしてあしらわれており、それが彼女の清楚さを際立たせていた。
「季節は秋、これから冬を迎えると言うのに、この部屋に春の妖精が顕現されたかと思いました。なんと可憐であることか。妖精よ、そのお手をいただく栄誉をこの男に与えていただけませんか?」
ウニリィはそっと手の甲を上に差し出した。
マグニヴェラーレは跪き、その指先に触れるか触れないかの唇を落とす。
妖精の口からぴぇっと小さく奇声が漏れた。
「ヴェラーレ……」
「ちい兄様」
当然、部屋にはウニリィだけがいるわけではない。母と妹もいるのである。彼女たちは淑女らしくなく唖然と口を開けた。
「あなたも随分と愉快になったわね」







