第140話:ダメに決まっておるじゃろ。
王都チヨディアの中央に聳えるエードンブルク城。
城内にありながら、少し離れたところにひっそりと建てられた塔がある。
魔術塔と呼ばれるそここそ、宮廷魔術師たちの研究施設であった。
宮廷魔術師は王族の護衛を行ったり、議会に招かれて見識を求められたりと、政治や社交の中枢にも関わっている。その立場にしては少々不便な場所に位置しているのは、魔術塔において行われている研究や実験が危険であるからに他ならない。
だいたい月に一度くらいは爆発したり炎上したりしているのだ。事故を起こしても有能な魔術師たちが揃っているため、周囲に被害を出すことがほぼないので、王都民は皆なれたものである。ちなみに昨年の夏は大氷河魔法の暴走で魔術塔が氷の柱となり、王城が涼しくて良いと貴族たちに好評であった。
カラカラカラ。
さて、そんな魔術塔の前に一台の馬車が停まる。馬車からはマグニヴェラーレの執事であるアルフレドが現れ、急ぎ塔の中へと向かっていった。むろん、馬車はオーウォシュ家のものである。
彼はマグニヴェラーレに面会を求める。地位が高いものほど塔の上層を利用しているため、次席であるマグニヴェラーレの部屋は上から二番目だ。魔術によって上昇・下降する円盤に乗って行けば、マグニヴェラーレの部屋には彼や彼の副官であるシークラーだけでなく、宮廷魔術師主席たるヘヴンシー老までいたのだった。
アルフレドは慌てて畏まる。
「ああ、気にせんで良い。ちょっと場所を借りているだけだ」
ヘヴンシーの執務室はさらに一階上である。ただ彼は遠征から戻ってきたということもあり、溜まっていた自身の執務を片付けると、他の魔術師の様子を見たり打ち合わせのため、自ら足を運んでいるのである。
「どうした、アルフレド。何があった」
マグニヴェラーレは尋ねる。
彼が屋敷を任せている執事たるアルフレドが魔術塔に、それも勤務時間のど真ん中にやってくるというのは、何か火急の用があってのことであろう。マグニヴェラーレはそう判断した。
するとアルフレドは言う。
「は。本日、王都にお越しになるウニリィ・カカオ嬢ですが」
「うん」
実のところウニリィは今日テイマーギルドに寄り、明日マグニヴェラーレと会う予定であった。デートである。
もう着いたのか、それとも残念ながら遅れるという連絡か。マグニヴェラーレが考えているうちにアルフレドは言葉を続ける。
「テイマー・ギルド本部にて騒ぎを起こし、拘束された可能性が高いとのことです」
「は?」
「ひょ?」
マグニヴェラーレは驚いた。横で聞いていたヘヴンシーももちろん驚いた。
「私は現場を確認していないのですが、ギルド本部正面の玄関及び壁を破壊したと……」
壁を破壊とはそうそう聞かない表現である。なぜ彼女はちょっと王都に来るだけでこんなトラブルを起こすのか。
マグニヴェラーレはがばりと顔をあげて上司であるヘヴンシー宮廷魔術師長を見つめた。
「ダメじゃ」
「まだ何も言っておりませんが」
早退の許可は求める前に却下された。
「何を言いたいかはわかるし、ダメに決まっておるじゃろ」
戦勝の祝賀会、パレード、そしてその裏で行わねばならない反逆者の処分。ベアーモート伯爵家の裏切りに対し、宮廷魔術師も色々と動かねばならないのだ。実のところ今彼らが話していたのも、それらに関する打ち合わせであった。
「しかし、私は彼女の後見人です」
ふむ、とヘヴンシー老は髭をしごきながら尋ねる。
「現在、それに関してどういう対応をとっておる?」
当然、緊急時に主人に報告だけして対応を待つほど、使用人の質は低くあるまいという質問である。
「当家にマグニヴェラーレ様の妹君であるリンギェ様がいらしており、彼女がテイマーギルドに向かってくださいました」
ヘヴンシーはリンギェと話したことは数度ある程度である。だが、その数度の会話でも彼女がその幼さにはとうてい似つかぬ聡明さを秘めていることをヘヴンシーは知っていた。
「ほれ、心配あるまいよ」
「む……仕方ありませんね」
リンギェがウニリィに会うために、ミドー家からマグニヴェラーレの屋敷にやってくるという話は聞いていた。ちょうど居合わせた彼女が対応してくれるのだろう。リンギェは妙にウニリィを評価している気がする。悪いようにはすまいとマグニヴェラーレは思った。
アルフレドは屋敷に戻り、マグニヴェラーレは結局、定時まで仕事をさせられることとなった。気もそぞろな様子も見せたが、それでもきちんと仕事はしてのける。次席とは無能では務まらない仕事なのだ。
そんな彼は、終業の鐘が鳴ると同時に立ち上がった。
「それでは失礼します!」
そう言い放つと、魔力を放ってこの場から消失した。転移術である。
ヘヴンシーが言葉をかける間すらなかった。マグニヴェラーレの副官であるシークラーは唖然としている。
「シークラーよ」
「……はい。主が申し訳ありません」
魔術師長に、魔術師の大先輩でもあるヘヴンシーに対してこれは、マグニヴェラーレの非礼もいいところである。とはいえ、それは信頼関係あってのことでもあるが。
ヘヴンシーは笑って言った。
「あいつも愉快になったな」







