第137話:ろ、牢屋じゃないよ!
リスコゥはずるずると倒れ、ウニリィがその様子に慌て、分離したスライムはうにょんと移動し、大きなスライムにくっついて再び一体化した。
マイペースなやつだとオットーは笑う。
そんなことをしている間に、扉がノックされる音が響いた。ノハナーが対応に向かうと、少女の声が響いた。
「失礼します。こちらにカカオ家の令嬢、ウニリィさんがいらっしゃるとうかがって参りました」
入ってきたのはマグニヴェラーレの妹、リンギェであった。
「あ、リンギェさん」
「お義姉さま!」
デイドレス姿のリンギェはウニリィを見ると笑みを浮かべて近づこうとし、足を止める。
「まあ、お義姉様。また牢屋に入れられてますの?」
「ろ、牢屋じゃないよ! ……檻の中だけど」
彼女たちが話をしているのは従魔用の檻の中である。
「リンギェ……リンギェ・ミドー?」
ギルド長は慌ててソファーから立ち上がり、挨拶に向かった。
「ギルド長のリスコゥです」
「リンギェですわ」
「立ち話も何なので座って……あー」
椅子を勧めようとしたが、椅子があるのは檻の中である。公爵家の令嬢を檻の中に入れるわけにもいかぬ。
リスコゥが困り顔を浮かべ、リンギェはくすりと笑った。
「そう長いお話をするわけではありませんし、ここで結構ですわ」
「恐縮です」
「ギルド長さん、ウニリィさんは我が兄、マグニヴェラーレが後援しています。ご存じでしょうか」
「うかがっております」
「それは、ミドー公爵家が支えるということでもあります」
マグニヴェラーレはミドー家の出身であるが、長男ではない。宮廷魔術師として独立してオーウォシュ子爵を名乗っている。リスコゥもそれは知っているし、マグニヴェラーレ自身は極めて優秀と聞いている。
だがそれでも個人なのだ。例えば何らかの理由でスライム将軍が王都で暴れたとしよう。それを退治するまでに発生する被害に対して、彼一人で補償できるものではない。
ここで彼の妹、ミドー家に所属する直系の令嬢から公爵家が後ろ盾になるという言質が取れたのは大きかった。
「入口の破損について、ウニリィさんの責任はいかばかりでしょうか」
「支払いはギルドで持ちます」
リンギェは頷いた。
「結構なことです。ミドー家からテイマーギルドに寄付がされることでしょう」
「こちらこそ、感謝いたします」
リスコゥは頭を下げる。
ギルド長が支払いを持つと言ったのだ。それは撤回されるべきではない。リンギェは彼の顔を立てつつ、実質的に支払いの大半は公爵家が持つことになるだろうと伝えたのであった。
「ウニリィさんは連れて帰っても?」
「ええ、もちろんです」
「えっと……!」
ウニリィが声をかける。
「スライムは預かっていただけるでしょうか?」
「む……」
従魔を預かるのはテイマーギルドの主要な仕事の一つである。ウニリィは王都滞在中にスライムをここに預けるつもりであった。
ふるふる。
置いてっちゃうの?
スライムだってその話は知っているだろうに、妙に罪悪感を煽るように震える。
「ぐっ」
ウニリィはうめき、リンギェは笑う。
「ウニリィお義姉さま、王都滞在中はうちに滞在してはいかがでしょうか」
「えっ」
「おうちには広いお庭もありますし、スライムさんものびのびと過ごせると思いますわ」
「いいんですか!?」
ウニリィは喜び、スライムも歓喜にふるふる揺れた。
「むぐっ」
リスコゥの口から唸り声が漏れる。
ミドー公爵家のタウンハウスに隣接するコストンカワといえば、王都チヨディアにおいてその広さも格式も最上位の庭園の一つである。
そこをスライム将軍がのしのし歩いている姿を想像したのだ。
「それじゃあ、ありがとうございました!」
「では後日研修にきてくださいね」
「はい、お願いします!」
そう礼を言ってウニリィたちはギルドを後にしたのだった。
「やあ」
彼女が乗り込んだ馬車の車中には男が一人。サレキッシモである。彼はウニリィに向けて軽く手を上げた。
「あっ、サレキッシモさん! さっきは私を置いて逃げましたね!?」
「そりゃ自分まで捕まったら誰が報告に行くのさ」
「むー……ありがとうございます」
「どうもー」
サレキッシモは軽くそれに答え、ウニリィはリンギェに頭を下げる。
「リンギェさんも、ありがとうございます」
「いいのですよ。本当はちぃ兄様が颯爽と助けに行った方が嬉しかったでしょうけど」
ウニリィはぶんぶんと首を振った。
「い、いえ! そんな。えっとヴェラーレさんは」
「連絡は出したけど、ちぃ兄様はこの時間だとお城で仕事だから」
「あー……それは仕方ないですよね」
ふにょん。
緑色のスライムが馬車の天井に乗り込む。
「大丈夫なのかしら……馬車を出して」
リンギェの言葉に馬車はゆっくりと進みだす。
きらきらと緑色に輝くきのこのような形状の馬車を、ギルドの職員や道ゆく人々は唖然としながら見送ったのだった。







