第14話:幸あらんことを。
ウニリィは言わずもがなスライムの飼育に忙しい。セーヴンとて家業の手伝いもあり、同じ村にいながら話すことも減ってしまった。
だが、幼馴染であり、かつては良く遊んでいたのも間違いない。村の教会では子供向けに読み書きなどの初等教育を行なわれていて、共に学んだ仲でもある。
「家でお茶でも飲んでく?」
「いや、そんな長い話じゃない」
「そう?」
セーヴンは厩舎の入り口にモップを立てかけ、二人はスライムを放牧している草地の境にある柵に並んで腰を預けた。
ふよふよふよふよ。
スライムたちは草の上でのんびりとうごめいている。
なんとなくそれを眺めていたが、話したいことがあると言った割にはセーヴンは口を開かない。仕方ないのでウニリィから問うた。
「仕事どう? やってけそう?」
「ああ、大丈夫だ。……というかな、お前、働きすぎだよ。なんでこんな量の仕事を親父さんと二人で回してたんだ」
「うーん……これが普通だと思ってたからかな」
彼らの目の前には無数のスライムたちが夕陽を浴びて煌めいている。
確かにその数もそれに伴う仕事量も多すぎるといえばそうなのだろう、最近は周囲の反応からウニリィもそう思うようにはなってきた。
「前に来てた男の……」
「マサクィさん?」
「ああ、その人がまた来るんだろうけどよ。そいつはずっとここにいるわけじゃねえんだろ?」
「そうだね、マサクィさんは冒険者やってたりとか他にも仕事あるみたいだしね。基本的には私とお父さんがいないときにスライムたちをお任せする形になると思う」
マサクィや彼が連れてくるという後輩テイマーたちにここでの仕事を教えなくてはならないし、逆にちゃんとしたテイマーとしての技術を知らないウニリィに指導してくれるという話も聞いている。
だがそれが終われば、そういう契約になるだろうと考えている。
「俺、次男なんだよ」
「うん、知ってる」
セーヴンの家は子供が五人いて、上に兄と姉がいるちょうど真ん中だとウニリィも知っている。
「だからウチの農地を継ぐのは兄貴なんだ。だから俺は仕事を探さなきゃなんない」
「うん」
もちろんセーヴンの父の土地の一部を借りながら農業をしつつ、村の端っこの荒地を開拓したりすることもできるだろうが、基本的には次男以降はいずれ独立しなくてはならないのだ。
「だからよ……俺をここでずっと働かせてくれないか?」
「そういうのはウチのお父さんに……」
「いや、お前の親父さんにもナンディオさんにも許可は貰っている。後はお前だけだ」
「そうなんだ。それはとても助かるけど……セーヴンはそれでいいの?」
つまり短期や臨時の仕事ではなく、長期的に雇用をしてくれということだ。今後、ウニリィは家にいる時も貴族令嬢としての勉強などしなくてはならないとナンディオから言われており、この申し出は渡りに船でもあった。
「それでいい。いや、それがいい。ウチの親父たちとも話してきたんだけど、貴族のやってる仕事で働けるってならぜんぜんいいだろ」
そういうものかもしれない。少なくとも食いっぱぐれるようなことはないだろう。
ウニリィはセーヴンの横顔を見上げた。彼の祖先は南国の出身であったという。このあたりでは珍しい褐色の横顔は、いつの間にか精悍さを帯びるようになっていた。
それに随分と背が高くなっている。昔は私の方が大きかったのに。そんなことを思った。男性にしては長めの前髪の下には、うっすらと傷痕が残っている。倒木の下敷きになったときのものだ。
ああ、そうか。とウニリィは得心した。彼と疎遠になっていたのは兄が村を出ていってしまったからというのも大きな理由だったのだなと。
セーヴンはジョーの舎弟であるかのように、一緒に棒振りをしてみたり、くっついて歩いていたものだ。
「ありがとう。嬉しいわ」
ウニリィは笑みを浮かべる。
セーヴンは柵から背を離して前に一歩出た。話が終わったのかとウニリィも腰を浮かすが、セーヴンはウニリィの正面に立ったのである。
「あのよ、ウニリィ……」
セーヴンはしばし口籠るようなそぶりを見せた。そして呟くように言う。
「俺さ、お前のこと好きだったんだぜ」
「ん……」
ウニリィは村の若者たちから好意的な視線を受けていることには気づいていた。ただ、こうして告白を受けることは、小さい頃の遊びのようなものは別として、受けたことがなかったのである。
「兄のことがあったから?」
「……ジョーの兄貴にゃ、命を助けてもらったし、めっちゃ世話になった。でも関係ない。ウニリィは同い年の子のなかでもいっとう可愛かったし、いつも一生懸命スライムを世話してくるくる動いている姿も好きだった」
「そ、そう?」
ウニリィはなんとなくスカートをきゅっと握った。
「でも、好きだった、なのね」
「ジョーの兄貴はすげーことしたらしいし、ウニリィもお貴族様になるんだろ。一緒にゃなれねえ」
「なんで今更それを?」
「ケジメをつけたかったんだ」
つまり、これ以降は貴族と平民、雇用者と被雇用者という関係になるのだ。今しか言えない、そうセーヴンは考えたのだろう。
「……ありがとう、嬉しいわ」
ウニリィは同じ言葉を口にした。
セーヴンは背筋を正し、ウニリィの緑の瞳をじっと見つめる。
「ウニリィお嬢様の人生に幸あらんことを」
そう言って深く頭を下げたのだった。
ξ˚⊿˚)ξ告白されると同時にフラれるヒロイン。






