第135話:ぺっ。
スライムが転移石を欲しがる。
当然聞いたことのないような事態である。
緑色のスライムは何やらその身を揺らした。
ふるふる。
「……何か言いたげだな」
オットーが言った。彼はテイマーであるからスライムの意思がなんとなく伝わるのだろう。ウニリィは頷き、スライムが言わんとすることを翻訳する。
「スライムたちは私を守りたいというか、私の役に立ちたいと思ってくれているのです。転移石をマサクィさんが使うところを見た際に、それがあれば私と離れている時にも安心だと思ったようで……」
ふるり。
スライムは肯定するようにその身を揺らした。
なるほど、とオットーはナガトゥキーを撫でながら呟き、リスコゥとノハナーは頭を抱えた。
オットーはスライムの主への愛や忠義に感心しているのである。一方でリスコゥたちはこのスライムが転移してくる危険性について頭を抱えた。いや、それもあるが……。
「スライムにそこまで理解できる知性があるですと……?」
「進化したらかしこくなりましたね」
ウニリィはそう言うが、リスコゥが知る限りにおいて、スライム将軍は確かに知性ある存在であれどここまでではない。カカオ家のスライムが特殊なのだと考えた。
この場にエバラン村のシーアでもいれば、『ウニちんのとこのスライム昔っからわりと頭よかったよ』とでも言ったかもしれない。
「カカオ嬢……いや、スライムさん」
リスコゥは視線をスライムに向けた。
ふるり。
スライムがその表面を揺らす。
「カカオ嬢は鉄級に昇格する。これに関しては問題ありません。一方のスライムさんが求めている従魔転移石に関して。これは規約上、鉄級以上のテイマーに販売は可能ですが……」
うにょん?
スライムは身を捩った。『可能だが?』と続きを求めているようである。
明らかに話が通じているのをリスコゥは認識した。スライムが直接聞いているのか、ウニリィの意識を通じて理解しているのかはわからないが、普通の人間に話しかけられた言葉でもこのスライムはわかるということだ。
ちなみにリスコゥがこうして魔獣に向けて直接話しかけるのは、知恵あるドラゴンと相対したとき以来である。ギルド長はこのスライムがそれに匹敵すると判断しているのだ。
リスコゥは唾を飲み込んで喉が動く。
「鉄級であれば無条件で転移石を渡せるわけではありません。例えば凶暴性が高い魔獣をテイムしている場合などは許可されないのです」
うにょにょ。
大人しくしてるよ。スライムはそう言いたげだった。
「スライムさんは自身が凶暴ではないとお考えだろうし、それは正しい。うちのノハナーが君に無許可で魔術を使ったことに対して反撃したことは事実ですが、それだって十分に手加減されたものであるとは分かっていますとも」
ノハナーがオットーにちらと視線を向け、彼は深く頷いた。
ヘルハウンドを軽く一蹴できるスライムなのだ。それが力を行使して誰も死んでいないどころか怪我すら負っていない。
「しかし、それでもスライムさんの力が強すぎる。本来、君は鉄級テイマーが扱うような従魔ではないのだ。よってカカオ嬢に転移石の購入許可を与えることはできない」
リスコゥは毅然とそう言った。強力な魔獣に対して理解できるかもわからない人間の道理を説いて断るために、非常に緊張を覚えているが、それでもそう言い切ったのだった。
うにょにょー。
スライムは強く身を捩っている。それが不快によるのか何か攻撃の予兆なのか。不安に駆られて一同はウニリィに視線をやった。
「どーしよう。考え、悩んでるみたいです」
うにょん。
スライムはウニリィに体を伸ばすような仕草をとった。
「うーん、私が代わりに言えばいいのね?」
このスライムは人間の言葉を理解するけど話すことはできないのだ。ウニリィが通訳を始める。
「どうすれば私が転移石を買うのが認められますか? だそうです」
「カカオ嬢がエレメントスライム将軍を扱うに相応しい階級までランクをあげる」
その言葉にウニリィは訝しげに眉を寄せた。
「あのー、それって……」
「少なくとも金級ですね」
「少なくともって、一番上位じゃないですか」
リスコゥは頷く。金級テイマーともなればそれだけの従魔を従えているという信用もあるし、居場所などもギルド側で管理する体制があるのだ。
うにょうにょ。
「えー、わたしは金級テイマーなんて目指さないわよ」
どうやらスライムがウニリィを説得しようとして断られたらしい。
「他に何かありますか、だそうです」
「……スライムさんの求める形ではないかとは思いますが」
リスコゥはそう前置きして言う。
「小型の使い魔などを伝令として使う場合の、簡易転移石というものがあります。それでしたら問題なく販売は可能かと。通常のスライム程度のサイズまで転移可能なものです」
ふる……。
スライムは動きを止めた。
ぺっ。
そして体の一部だけを分離させ、卓の上に吐き出す。
それはふるふると震え出すと、うにょんとリスコゥに向けて手をあげるような仕草を見せた。
「スウーッ」
リスコゥの口から変な息が漏れた。







