第132話:ウニリィさんは従魔に名前をつけない派か。
ウニリィは身を小さく縮こめる。
「いや、進化したのは割と最近のことだったので……」
「ぐっ……最近……」
リスコゥは最近ではなく、進化したその日に連絡しろ! と叫びたい気持ちをなんとか抑えて唸るにとどめた。
そして尋ねる。
「ちなみにそのスライムがなんであるかご存じです? ご存じならばそれを伺ってもよろしいですか?」
「えーっと、風属性の、ウィンドエレメンタル・スライム将軍だそうです」
「しょっ……!」
エレメントスライム将軍! 将軍級の魔獣!? スライム騎士すらすっとばして将軍! しかもスライムではなく上位種たるエレメントスライムの将軍だぞ! リスコゥはそう叫びたい気持ちを全力で抑え込んだ。
テイマーギルドの長として、数多の魔獣を。希少なものも強力なものも見てきた彼ですら、初めて見る魔獣である。
ふよん。
視線を緑色のスライムにやれば、それが巨体を揺らす。その動きはどこか自慢げに感じられた。
周囲の職員たちは驚きにざわめき、その真偽を疑う声も上がるが、リスコゥとしてはまあ、疑う余地はない。
魔獣の存在感、内包する魔力が明らかに強いし、そもそもスライムは飛ばないのだ。
彼はため息をついて言った。
「ここで立ち話もなんですし、移動しませんか? そちらのスライムは応接室に入れませんので、従魔用のスペースになってしまいますが、そこにも人間用の椅子は用意してあります」
「もちろん大丈夫です」
というわけで移動することになった。
リスコゥの指示で、ノハナーが事務員として付いてくるよう命じられ、ヘルハウンドとその飼い主の男も付いてくる。ヘルハウンドを従魔用のスペースに戻すためでもあるだろうし、リスコゥの護衛も兼ねているのかもしれない。ウニリィはそう思った。
他の職員は荒らされた受付の片付けである。ウニリィはぺこぺこと謝罪してリスコゥの後を付いていく。
てくてく、ふよふよと歩いていると、声がかけられた。
「お嬢さん」
「あっ……と」
話しかけてきたのはリスコゥの隣を歩いていたテイマーの男性である。彼は自分と背後を指で差しながら言った。
「オットーだ。銀級テイマーをしている。こいつはヘルハウンドのナガトゥキー」
わふ。
とヘルハウンドが鳴く。自己紹介であった。
「ウニリィ・カカオです。木級テイマーです。よろしくお願いします!」
「カカオ嬢」
「ウニリィでいいですよ」
ウニリィは慌てたように言う。貴族といっても男爵令嬢だし、テイマーとしてのランクが上で歳上の男性に畏まられるのもというような話をした。
「そうか。じゃあウニリィさんで」
「はい、オットーさん」
「それで、そっちのスライムの名前は?」
ふにょん。と緑のスライムは身を揺らした。ウニリィは答える。
「名前は特にありません」
「そうなん?」
「ええ」
歩きながら話を聞いていたリスコゥは嫌な予感がする。
このやりとりだけ聞けば、まるでウニリィが自らの従魔を愛していないようであるが、そんなことはあり得ないのだ。
まず前提として自分の従魔を愛していないテイマーというのは存在しない。これをテイマー以外の者に言うと、『子を愛さない親なんて世の中にいくらでもいるのでは?』などと反論されることもあるが、とんだ心得違いである。
愛や信頼が無くとも関係性を断ち切れない親子関係とは異なり、従魔契約は、人間からあるいは魔獣から契約を打ち切ることが可能なのだ。
だから従魔を愛していないのに関係が続くことはないし、尊重と信頼が必ずそこにはある。どちらかが不満を覚えれば容易に断ち切れる脆い関係。それ故に上位のテイマーやギルドの職員ほど、『長く関係を続けている』テイマーには自然と敬意を払う。どんなに下位の魔獣、たとえスライムであってもだ。
オットーは特に驚いた様子はない。
「へぇ、ウニリィさんは従魔に名前をつけない派か」
「すいません。テイマーの業界に疎くて、そういう派閥があることも知らなかったんですが、つけない派ですね」
オットーは笑う。
「当ててやろうか、家にスライムいっぱいいるだろ」
「あ、はい! よく分かりましたね!」
「名前をつけない派のやつらって大体、群れを従魔にしてるからな」
「あー、なるほどー」
例えばインセクトテイマーと呼ばれるテイマーがいる。その名の通り、インセクト、つまり虫や虫の魔獣を従えているテイマーのことだ。蟻や蜂の魔物を従魔にすれば、その従魔の数は数千や数万という単位になる。なのでいちいち個体に名前をつけることはしないのだ。
「スゥーッ」
リスコゥの口から変な息が漏れた。それは嫌な予感が、嫌な確信になったからである。
彼は足を止めて振り返った。
「オットー、君の言うことは正しい。だが、僕の知る限り、彼らとて特別な個体、特に統率個体には名をつけているものだ」
つまり、先の例で言えば女王蟻や女王蜂には名をつけるということだ。
「ああ、そうだな」
「えっ……嘘」
オットーは頷いたが、話を聞いていたノハナーもまたそれに思い至ったのか身を震わせた。
「……?」
ふにょん。
ウニリィは小首を傾げた。何も分かっていない可愛らしい仕草である。スライムも真似するように身を捩らせた。
「ウニリィさん。つまり貴女にとって、そのウィンドエレメンタルスライム将軍はスライムを統率する個体じゃないと言うことになる」
ウニリィはぽん、と手を叩き、笑みを浮かべて言った。
「さすがギルド長ですね! はい、同じのがあと三匹います!」
ギルド長とノハナーとオットーはその場でへたり込んだ。







